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細くしなやかなその指は、昔となんら変わりはなかった。ただ少しだけ、優しい指遣い。

幼なじみという間柄はそれ相応の距離を保ち続け、いつの間にか今までの軌跡に、まっすぐで平行な線を描いていた。私にはそれが誇らしくも、寂しくもあった。
少しだけ暖かくなったこの季節、そんな彼の元にも春がやって来たようだ。彼の指はそのまま将棋盤の上をふよふよとさ迷い、力無く駒を手から落とす。

「……私の負けだ。」

悔しそうに、絞り出すようにして呻いた彼は、大きなため息をついた。私は散らばる将棋の駒をかき集め、箱の中に戻した。昔から変わらず同じものを使っているので、時代を感じさせる年季がいくつも入っている。
昔から、小さかった白哉とよく将棋をしていた。彼より年上だった私は白哉に負けるのが嫌で嫌で、結局今の今まで、私は彼に負けたことはない。

「結局、お前には勝てず仕舞いだな。」

「でも強くなったよね、いつか抜かされそうで恐い。」

「世辞を申すな。」

「あはは、お世辞じゃないよ。」

笑う私につられて笑った彼。前までこんなことなかったのに、性格が丸くなったのかな。やっぱり、人は恋一つで変われるのかな。うらやましい。

「白哉に好きな人、か……」

ぽつりと呟いた。先妻の緋真さんがお亡くなりになった時の彼の落ち込み様を見ている人なら誰でも、今の新しい恋を見つけた彼を不思議に思うだろう。これでよかったのかもしれない。長い間一緒にいた私にならわかる。彼は見かけによらず脆い、ということ。彼を支えてくれる人が再び現れてくれたことを感謝しなければならない。

「よかったね、白哉。」

「そうだな、私は何としてでもあ奴より先には死ぬことはできぬ。」

「縁起でもないこと言わないでよ。」

「一人取り残される悲しみを、彼女には味わってほしくはない。」

びっくり、恋愛に疎そうな彼の口から、こんな甘ったるい言葉が出てくるなんて。昔私に「私は大きくなったら姉上と結婚する!」と言っていた白哉とは思えない。大きくなったんだね、嬉しいような、悲しいような。

「彼女も、白哉と同じこと考えてると思うよ?」

「そうだと嬉しいな。」

「同時に死ぬ、とかは?」

「心中させる気か?」

テンポ良く流れていた会話が途切れ、顔を見合わせる。私がくすりと笑ったのを合図に、二人で笑った。あの白哉様が冗談を言えるようになったなんて。これも恋の仕業なのかな?

そんな中、廊下を軽やかに駆ける音がした。がらりと襖が開き、鈴のように綺麗な声色が響いた。

「白哉様、白哉様!」

あまりにも眩しい笑顔、私も眩んでしまいそうなぐらいだから、白哉なんてもうめろめろだろう。にっこり笑って名前を呼んで歩み寄り、愛おしむように少女の頭を撫でる。ああ、なんて幸せな光景。恋をした男の人と、恋をした女の人。それはあまりにも美しすぎる物語の、美しすぎる主人公。彼らの未来がどうか、今日の日のような、素晴らしいものでありますように。こんな私は祈ることしかできないけれど、輝かしいものでありますように。

「二人とも、お幸せに!」

邪魔しちゃいけないな、この空間は。将棋盤と駒の入った桐の箱を小脇に抱えて部屋を出る。白哉とその隣の女の子が口を揃えて「ありがとう」なんて言うものだから、おかしくて笑ってしまった。

「恋、か……」

綺麗だな、恋って。彼をあそこまで変えてしまった恋を、彼女を、心底うらやましいと思った。彼らは確実に私にはない何かを持っていて、そして私は確実に何か、大切な何かを、失った気がしてならなかった。わからないな、私は一体何を失ったんだろう。

「あれ、私、何で泣いてるんだろ……」

いつの間にか頬を伝っていた涙は暖かくて、でもそれを拭ってくれる白哉はもういなくて。そうか、私はもう、白哉の一番じゃないんだ。幼なじみという肩書きは、結局最後まで幼なじみ。いつまでも平行線を描きながら、きっとそれを折り曲げることはできない。
絶対にいい人見つけてやる、そして白哉より盛大な結婚式挙げて、白哉より大きいお屋敷に住んで、白哉より強い子供産んでやる。もちろん将棋だって、一回だって負けてやるもんですか。彼女の前で負けさせてやる。
隣に彼がいない寂しさを振り切るような、少し意地悪な願い事。


綺麗な空が、少し憎らしいぐらいだ。今日は天気が良い。私の恋心でも、捜してこようかしら。




恋をすると、世界が変わると言うけれど。私とあなたの目に映る空の色が同じならば、私も恋をしているのね。




090505