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「あのね、白哉。」

久しぶりに朽木邸に顔を出した唄は、何故か少しだけ大人びて見えた。いつもなら必要以上の騒音を立てて我が家に侵入してくる唄だったが、今日は違った。ごく普通に、一般人がするように、静かに私の部屋に入ってきた。彼女らしからぬその行動に、私の心がざわついた。

「どうした。」

「私、婚活やめることにしたよ。」

「……どういう風の吹き回しだ?」

私の問いかけに、彼女は何も言わなかった。私から目を逸らした彼女は、少しだけ下を向いた。

「何か、あったのか。」

「別に、何も。」

「嘘を申すな。」

「嘘じゃ、ない。」

何もない訳がない。私は彼女のこんなに大人しい姿を目にしたことは一度もなかった。彼女はいつだって強気で、やんちゃで、どんな時だって笑顔を振りまいていた。一切の弱みを見せなかった彼女が、こんなにか細い声で、こんなに寂しそうな顔で、俯いているのだ。その姿は、私に助けを求めているようにも見えた。

「では、質問を変えよう。……何故、泣いている。」

下を向いている唄の目には、うっすらと涙の膜が張っていた。私に気付かれないようにと、ぐっと堪えていたのだろう。そう口にした瞬間、気を張っていた唄の目から、一滴の涙が零れ落ちた。畳に叩きつけられた涙の音が、少しだけ部屋に響いた。

小刻みに震える彼女の肩を、抱いてやりたいと思った。昔、本当に昔、私たちが本当に幼馴染だった頃はよく、怪我をして泣いている彼女を抱きしめてやったりもした。しかし今の私が彼女にしようとしている抱擁は、全く違う意味を含んだものとなってしまう。優しく抱きしめてやることなど、おそらく不可能だ。感情に任されて彼女を抱きしめてしまえば、きっと彼女は壊れてしまう。彼女と私の関係と一緒に、壊れてしまうだろう。

「……が、決まった。」

「何?」

「結婚が、決まったの。」

私は全身の身の毛がよだつのを感じた。
結婚。彼女がよく口にする言葉だが、彼女からは一番遠い存在だと思っていた言葉。彼女は本気で愛する男としか結婚はしないと、あれほど胸に誓っていたはずだ。それなのに、何故。

いや、もしかすると、彼女に好きな男ができたのかもしれない。それならば、ここ最近朽木邸に顔を出さなかったことにも合点がいく。だとすれば、私は唄を引き留めることも、文句を言うこともできない。

しかし彼女は泣いているのだ。愛する男性との結婚ならば、きっと彼女は満面の笑みで私に報告に来るだろう。

「何故、結婚など……」

「もう、無理だって。そう思ったから。」

「無理とは、どのような意味だ?」

「……心から好きな男の人と結婚するなんて、絶対に無理だって。そう思ったから。……私に好きな人ができても、その人が私の事を好きになってくれる確率なんて、ほぼゼロに近いもん。無理だもん。」

「無理だから、妥協するということか。」

唄はこくりと首を縦に振った。
私は酷くやるせない気持ちになった。ふつふつと込み上げてくる怒りにも似た感情は、どこにぶつければ良いのだろう。その矛先は、必然的に唄になる訳だが。頭で考えるより先に、私は彼女の肩を乱暴に掴み、そのまま床に押し付けた。自分の下の彼女が、痛い、と小さく声を漏らした。

「ならぬ。断れ。」

「……白哉にそんなこと言われる筋合いない。」

「妥協するぐらいなら、結婚などするな。」

「今までだって、あれほど妥協しろって言ってたくせに、なんでこういう時ばっかりそんなこと言うの!」

あまりの正論に、私は返す言葉がなかった。唄から男の愚痴を聞くたびに、私は妥協も必要だというアドバイスをしていたからだ。もちろんそれは本心ではない。妥協されて大して好きでもない男と結婚されてしまっては、困るのは私も同じことだ。私がこのようなことを唄に言っていたのは、唄が間違っても妥協して男を選ぶような女ではないということを十分理解しているからである。

「……私だって嫌だよ、好きでもない人と結婚なんて。だけど、このまま色んな男の人と寝て、遊んで、結婚断って……そんなこと続けてたら、桜倉家の名にも傷が付く。……もう、裏では相当言われてるけど。」

「ならぬ。婚約は破棄しろ。」

「そんな筋の通ってないことばっか言って、白哉は一体、私にどうしてほしいの!?」

今私が求婚すれば、唄は私を選んでくれるだろうか。言ってしまおうか。誰でも良いならば、私と結婚してくれないか、と。唄の結婚相手がどの家の者かは知らぬが、恐らく朽木家よりは下の階級だろう。それならば権力に物を言わせて婚約を破棄させることぐらい、容易いことだ。
しかし彼女の求めている解答は、そんなものではないだろう。私は唄の肩から手を離した。そのまま抱き起し、できるだけそっと、優しく、抱きしめた。

「……結婚は、お前が本当に、心の底から愛せる男としろ。」

「そんなの、見つかる訳ない。」

「何十年、何百年かかっても良い。妥協はするな。」

「……そんなことしてたら、婚期逃しちゃうもん。男と違って女の賞味期限は早いんだから。」

「そうか、ではその時は……」

彼女を抱きしめる腕に、ほんの少しだけ力を入れる。目を瞑り、大きく息を吸い込んだ。

「……その時は、私が貰ってやろう。」

私の言葉に反応して顔を上げようとした唄の頭に手を回し、ぐっと自分の胸に押し付けた。柄にもなく少しだけ赤くなった顔を、彼女に見られる訳にはいかない。だけど本当の私の気持ちは、凄い速さで脈打つ心臓の辺りに押し付けられた唄自身が、一番よく理解しているはずだ。

馬鹿、と呟いた唄の腕が、私の背中に回された。きっとこの抱擁の意味を、彼女は知っている。唄の首元に顔を埋め、彼女の匂いをたっぷり肺に詰め込んだ。大好きな、彼女の匂いだった。心地よい気持ちで目を閉じた先で、彼女との未来を見たような気がした。



130224

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唄はずっと昔から白哉を幼馴染として大好きで、だけど白哉が結婚して自分から離れていくにつれて無自覚に彼を好きになってしまう。というか、自分の気持ちに無自覚に気づいてしまう。彼を忘れるために白哉以上の男の人を探そうと必死になってたけど、自分の中で白哉以上の男の人なんて見つかる訳がないということに気付いてしまう。だからもう諦めて妥協して結婚してしまおうという考えに至ったわけです。

なんかややこしい話でごめんなさい><