叫び声と血の匂いが漂う空間、つい先ほどまできらびやかな装飾に着飾って愛想を振りまく女と酔っぱらう男共が蔓延る弛みきった場とは思えない光景が広がっている。

そして渦中のど真ん中、周りの様子を全く介さぬ男女が向かい合っていた。
否、正確には睨み合っている。二人の間に甘い雰囲気などない、ひしひしと伝わる殺気交じりの空気はこの喧騒の中にあっても異様な程で周りも怖気づいてなかなか斬りかかっていけない何かが渦巻いていた。


「これはどういうことか説明してくださる?」
「そんなこと見ての通りだろう」
「それが分からないって言ってんでしょうが」

名前は化粧の施された顔を歪めると溜息を吐いた。
この男の理不尽さは知っているが今回ばかりは我慢ならない。

「無理矢理連れてこられたと思ったら会合に潜入?しかも芸者の真似事なんかさせて人間共に酌をしろですって?勝手に斬り合い始めるし、こんなごてごてした着物で動けないのに放置しようとするなんてどういう神経してるのよ」
「一々煩い…、大体お前は斬り合いでも平気だろうが。だからこそ仕方なく、此方も妥協してお前を此処へ連れて来たんだから喧しく言うな」
「その妥協ってどういう意味かしら?ねぇ千景は喧嘩売ってんのかなぁー」
「無駄口叩く暇があるならさっさと仕事をしろ。それとも出来ないのか?」
「…後で覚えとけ」

安い挑発だと分かっていてもニヤニヤしている千景の顔を見ると頭に血が上って自制が効かなくなる、それがこんな場なら尚更だ。丁度群がる人間共も面倒に感じていたところだし。

懐から拳銃を取り出すとなるべく千景すれすれに狙いを定めて引き金を引いた。
弾が後ろの浪士に当たった、そして千景の頬に赤い筋が走る。

「いい度胸だな、名前」
「余裕かまして突っ立ってた人が悪いわよ」

物凄い勢いで振り下ろされた刀をさっと躱すともう一発お見舞いしておいた。
ちっ、今度は避けられたけど。

私達が動いたことで見えない壁がなくなったみたいに一気に周りに人間共が斬りかかってくる。ちらりと千景に視線をやると興がそがれたみたいに気だるげに刀を握っているのが見えた。

「この借りは高いわよ」

まったく…これが恩のある薩摩藩からの指令だから仕方なしに付き合ってあげるけれど、それじゃなきゃ千景の言いなりになるとか死んでも嫌だ。



どれくらい暴れているのか最早時間の感覚はなかったが、浪士は次から次へと湧いて出てくる。こんなに大規模な乱闘になるなら前もって準備させるべきでしょ、これもあとで文句言ってやる。折角の上等な着物もすっかり血まみれだし散々だ。


「そろそろ頃合いか。名前、いつまでも遊んでいるなよ。これ以上長引かせると煩い犬共が来る」
「言われなくとも分かってます!!」
「ふん、せいぜい足を引っ張るなよ」

こいつと背中合わせなんていい気はしないけど新選組が来て更に面倒になるよりはマシ、か。
むかつくけど千景の腕は認めないこともないし、調子に乗るから絶対に本人には言わないけど他の人より千景と立ち回るのが一番やり易かったりするのも事実だったりする。
何だかんだで楽しかったりするし。

思わず笑みが漏れそうになるのを必死に抑えて拳銃を構えた。

「さっさと帰って呑み直したい!!」
「今日のお前は一応芸者だ、勿論俺に酌をしろ」
「…なんですって?」
「ぼさっとしてないで早く片付けるぞ」
「ねぇやっぱり喧嘩売ってるんでしょ」

最強にして最悪の絆




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