時代は明治

旧幕府軍と新政府軍による長らく続いた戦も旧幕府軍の敗北という形で終結し、同時に鬼は恩を返しきったということで人間との関わりを断ち切った。
そして再び干渉されぬよう、また鬼の力に恐れを抱き排除しようとする人間から逃れるように身を隠した。

新たな土地での生活は多少不便だが、頭領である千景を中心に皆まとまり上手くやっている。



名前は日の当たる縁側で雲一つない青い空を眺めていた。


望んだ幸せな生活とはきっと今を指すのだろう。
鬼の里へ戻って以来ずっと感じていることだった。
これまでの空いた時間を埋める様に千景は大切に愛してくれている。周りの鬼達も自分を受け入れ親切にしてくれる。

まだ此方の世界へ戻ってわずかだが確実に、かつて失ったもの以上に多くの大切なものを得ることが出来た。

そして多くを与えてくれる人達へ私も何か返すことが出来ればと思う。




「ここにいたのか」


物思いに耽っていると頭上から聞き慣れた声が降ってくる。


「おかえりなさい、お仕事はもう終わり?」
「ああ、今日の分は一段落ついたからな。それより何をしている」


顔を上げれば不機嫌な顔をした千景。別に怒られるようなことはした覚えはないんだけど、かなりご立腹な様子。思わず首を傾げれば、わざとらしく息を吐かれる。


「羽織もなしでこのようなところにいては身体に障る」
「あ、そういうこと」
「名前は自覚が無さ過ぎる。これだから目が離せん…」
「だって暖かかったし。それに千景はちょっと過保護過ぎるのよ」
「過保護で何が悪い」


羽織を肩に掛けると共に千景の腕が後ろから回されそっと腹に添えられた。


「もしも何かあったなら今度こそ正気ではいられんだろうな」
「それはこの子に、ってこと?」
「嫉妬か?」
「し、嫉妬じゃないって!!」
「安心しろ、名前も腹の子も両方だ。まぁ優先順位でいうなら名前の方が上だが」
「そういう冗談はいりません」
「ふん」


今の私が出来る恩返し、といったら大袈裟だけど里の人達も望んでいた純血の世継ぎを身篭った。
大切な人との愛の形が周りにも望まれ愛される存在となっていることは私自身とても嬉しい。きっと多くの人に好かれる子になるのだろうと思うと本当に生きていて良かった後思うし、こんな幸せを与えてくれた千景には感謝してもしきれない。


「ありがとうね」
「急にどうした?」
「何となく言ってみたくなっただけだよ」
「言うならもっと他の言葉もあるだろう」


顎を掴まれ視線が絡み合い思わず息が詰まる。
そんな様子を愛おしげに見詰めながら赤い瞳は言葉を促してくる。

優しいんだけど強引なのは相変わらず。きっと私が言うまで離す気はないんだ。


暫く迷った後、思い切って普段は滅多に口にしない言葉をぎこちなく紡げば、予想通りの満足そうな表情が返ってきた。


「千景のこと、す…、すき…だよ」
「俺は名前のことを愛している」




この先の人生、決して楽なことばかりではないと思う。
けれど少しでも幸せな時を、千景の傍で共に過ごしたい。

そう願い今日も私は生きています。

花散里

 




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -