正さんもそろそろいい歳なのですからくだらない意地など張らず身を固めなさい。

しかし母上、今は結婚など言っている時ではありません。

問題ありません、必ず正さんの力になるであろう家との縁談です。それに今まで縁談を拒んでいた正さんがこの話を受ければあの人も楽しんで点とやらをくれるのではないですか。

たかが縁談ごときで当主が楽しむとは…。

いいですか、逃げることは許しませんよ。




「こんなことになるとは」


指定された帝國華月ホテルの一室で正は盛大に項垂れていた。
母の仕組んだ縁談話を聞かされた時、またいつものように上手く躱して断るつもりだったのだが、このところ仕事が立て込んで忙しかったことややたら面倒事を起こしてくれた兄弟のせいで縁談を断る策を立てる暇もなく、あれよあれよという間に話が進み気付けば縁談当日を迎えていた。


「くそ、まだ頭がぼーっとする。あいつら覚えておけよ」


昨夜も遅くに帰宅してから無理矢理大佐たちの馬鹿騒ぎに巻き込まれ酔った茂に絡まれたところまでは記憶しているがそのあとのことは一切覚えておらず酷い頭痛と倦怠感だけが今も尾を引いている。

そして何よりこの状況、どうしろというんだ!!


ちらりと顔を上げ、向かいの椅子に腰かけずっと顔を下げたままの縁談相手を見た。



貿易商の娘だという今回の縁談相手、真っ赤な着物に身を包んで現れたその人物は自分の想像よりはるかに幼い少女だった。
聞けば年齢は雅と同じ16歳らしい。この時代16歳で嫁ぐことはごく普通、そして政略結婚となれば自分と少女の年の差だって珍しいことではない。
しかしどうしてもこの少女が結婚、それも自分の元に嫁いでくるなど想像することが出来なかった。

どうみたって兄妹、下手すれば親子に見えるではないか。

痛む頭を押さえながらこれからどうするかを思案する。
母とこの少女の親は自分たちを引き合わせるなり早々に部屋を出ていってしまい二人きり。自分としてはこの縁談を受けるつもりなんて端からない、少女はどう思っているのか知らないがさっさと意思を伝えてしまえばそれで終わるのではないか。幸い少女はこれまでの縁談相手とは違い積極的なようではない。ならば少し強く出れば大人しく引き下がるだろう。


「私はこの縁談を受けるつもりはない」


ぴくりと少女の身体が揺れてゆっくり顔がこちらを向く。ぱっちりとした大きな瞳の愛らしい少女だ。

一瞬、自分の強い口調が少女を傷付けてしまったかと焦ったが、彼女の表情を見てその心配は杞憂に終わった。

どこか安堵した、嬉しそうな笑顔でありがとうございますと返されればこれを驚かずにいられるだろうか。


「正様の方から断って頂ければお父様も諦めてくれると思います」

「おまえはこの縁談乗り気ではないのか?父親はかなり熱心だったようだが」

「お父様はなんとしても縁談を成立させたいみたいですね。普通なら私も家の為にって頑張らないといけないんでしょうが、どうしても上手く出来なくて」


少女は形の良い眉を下げ困ったように微笑んだ。

少しだけ私の無駄話を聞いて頂いても宜しいですか?
初めはさっさと帰ることしか考えていなかったがこの短い間に少女に対する興味が湧いている。聞いてやる、と話を促せば少女はゆっくり口を開いた。


「いつもお父様はお前は女なんだから余計なことは考えずにこにこ笑って旦那様に尽くせば良いって言うんです。それが世の中の普通なんでしょうね、通っている女学校でも作法やお裁縫の授業ばっかりで勉強は二の次で良いって言われて」

あ、別にお裁縫が出来ないんじゃないですからね!!と付け足し、再び言葉を紡ぎだす。

「確かに良妻賢母になるには必要なことだと思います。でもそんなことよりもっと勉強をしたいんです。数学や科学の方が私は興味があって好きなんです、だから父には必要ないと言われるんですがたくさん数学の勉強をしたり、あと最近は独語や仏語も少しは出来る様になったんです」


勉強をしたいときっぱり言い放った少女はやる気に満ち溢れた面持で真っ直ぐ正に向かい合い、実はと続けた。


「縁談自体は嫌だったんですけれど、正様に逢えるから密かに今日が楽しみでした」

「私に逢えるからだと?」

「はい、正様は帝大を御卒業されて今は宮ノ杜銀行の頭取をなさっているそうで。きっと私の知らないことをたくさん知っていらっしゃるのでしょう?だからお話していろいろなことを聞いてみたくて」


嘘偽りのない純真な少女に何処か懐かしさを抱くのは何故だろう、ふと考えて一つの答えに辿り着いた。

少女は嘗ての自分によく似ている。


「それでは全く縁談と関係なくなるな」

「はい、お恥ずかしながら」


はにかんで顔を赤らめる姿は年相応の可愛らしい少女のモノだ。
しかしその内に秘める思いは自分と同じ。

家に縛られている状況に仕方がないと思いつつも納得がいかない、自分のやり方で父に抗い続ける。

少女と自分を重ね合せて懐かしさに目を細めた。

この少女のことをもっと知ってみたい、純粋にそう思う。



「私も縁談などしたくはない、しかし今このまま出ていけば母上たちに捕まって面倒なことになるだろう。ならばここは互いの為時間潰しに話でもするか」

「お聞きしてみたかったことがたくさんあるんです」

「いいだろう何だ?」




「今日はどうもありがとうございました」

「こちらこそなかなか充実した時間だった」


いつの間に二日酔いの頭痛が消え去っていたのか、それほどまでに会話にのめり込んでいたようだった。


「今回の縁談のことはこちらで上手く処理しておこう」

「すみません御手を煩わせますがよろしくお願いします」

「構わん、それよりもお前は自分のやりたいことに集中していればいい」

「ありがとうございます」


想像していたものとは全く違う形で終わったこの縁談、思わぬ展開だったが不思議と満足感がある。このあと母を説得して縁談を断らなければいけないというのに全然苦に感じることもない。

それもきっとあの少女のせいだろう。


また逢いたいものだな。縁談などではなく本人同士の意思で。

次に逢った時の少女の成長した姿を想像しただけで今から楽しみに思う自分自身に笑いが込み上げて一人大声を上げて笑った。
こんな風に笑ったのは久しぶりかもしれない。

「私も歳を取ったものだな」




20120301 正様御生誕日記念




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