謙也は朝から異様な空気に寒気を感じていた。
「ホンマなんやねん」
朝練の時いっつもやったら愛想なくて人の心を抉るような発言をサラリと言ってのける財前が嫌味を一回も言わんかった。とにかくそれが怖すぎてしゃーない。その後師範はよう分からんけどありがたいらしいお経を読んで俺が極楽浄土へ行けるように祈ってくれたし、ユウジと小春は新作ネタをいち早く披露してくれた。お陰で朝のホームルームに遅刻しかけたんやけど。白石は休み時間になる度にキモいくらい笑いながら近寄ってくるからさぶイボ出まくった。いつもやったら人を小馬鹿にしたような感じでいじり倒すくせにそれが無かったから正直財前より言い知れん恐怖を感じた。金ちゃんは昼休みに大好物のたこ焼きを半分けてくれて、千歳は気前よく学食のくいだおれ丼を奢ってくれた。ただ量が多過ぎて結局は殆ど金ちゃんの胃の中に消えてった。それから帰りのホームルームの後に職員室に呼び出されたから何やと思ったらオサムちゃんが一コケシくれた。別に欲しくもないけどそのコケシに思いっきり俺の名前が書いてあったから貰わないでいるのはなんか可哀想に思えた、コケシが。
とりあえずみんな表し方はそれぞれやけど気を遣ってくれてんのが見え見えで、なんかもう気まず過ぎる。
間違いなく、今日が俺の誕生日やから。
やないと、財前とか白石とか怖い。てかなんで今年はこんな事になってるんや?今まで普通やったのに。
そしてもう一つ普通で無い事、朝から名前と一回も喋ってない。朝練の時珍しく来てなかったし、でも学校には来てるみたいで何回か廊下で見たけど声掛けようとしたら逃げられるし目も合わせてくれん、何か避けられてる感じやった。
秘かに名前の事ずっと好きやから結構ショックやった。もしかしたら今日が俺の誕生日って忘れてるんかもしれん。好きな人から誕生日を祝ってもらえんのはそれなりに切ないけどそれ以上に避けられてるかもしれんって事のダメージがでかい。アカン、考えたら泣きそう。
これで部活の時も名前と気まずいままやったら…、不安だらけのまま重い足取りで部室へ向かった。
「………」
「……謙也くん」
扉を開けた瞬間固まってしまった。
部室の中には名前だけしかいない。
「よ、よお他まだ誰も来とらんのか」
「うん」
いつもやったらもっと普通に喋れてるのに。アカン、ぎこちなさすぎる。
「………」
「………」
名前は黙ったまま。謙也も入口で固まったまま。
「……あのね、」
お互いに息苦しさが限界を迎えようとしていた。沈黙を破って口を開いたのは名前だった。
「今日謙也くんお誕生日やろ」
「お、おう」
「おめでとう」
「ありがとう」
名前の言葉で謙也はさっきまで悩んでいた事が嘘の様に吹き飛んでいた。
良かった、覚えてくれてた。
「で、誕生日プレゼント考えてんけど、なかなか思い浮かばんくて。やってみんなからプレゼント貰ったやろ?」
プレゼント、というか一応プレゼントと言う名の変な気遣いをされたな。
「みんなと同じようなんじゃ面白くないと思って。…嫌やったら返品してくれてええで」
ゆっくりと近寄り謙也の手をきつく握り締めた。
「私を謙也くんの彼女にして見ませんかっ!!」
「へっ、え、えぇぇ!?」
ギョッとして思わず握っていた手を振り払ってしまった。すると名前は少し俯いて一歩下がった。
「ご、ごめん急に変な事言ってもて」
大きな瞳いっぱいに涙が溜まっているのを見て更にパニックになってしまった。
もう意味が分からん、今日名前は思いっきり避けてたのに、俺の事嫌いちゃうんか?てか彼女って、彼女って……。
「あ、あのさあ。むっちゃ避けてたやん?」
「あれは、恥ずかしくて顔合わせられんくて…」
「じゃあ俺の事嫌いとかじゃなくて…?」
「うん……好き」
予想もしていなかった事に頭はついていかない。どうしていいかも分からない。でも本能が彼女を抱き締めろ、と言っている。
頑張れ俺!!ここで退いたら男ちゃうぞ。
自分に言い聞かせぎこちない動きで名前を包み込むように抱き締めた。
抱き締めた瞬間名前の肩が震えたのが分かる。
ヤバイ俺の足がガクガクしてるんも伝わってるかも。
「あ、あの…」
「……」
「…っ!!俺、ずっと名前の事好きやった。から彼女になって下さい!」
「ほ、ほんまに?」
「絶対幸せにしたるから」
「ありがとう」
泣きそうな顔から一転、笑顔になった名前を見て胸が熱くなった。
無駄に疲れた長い長い一日、俺は生まれた事に感謝した。
世界が一回転半した時の話
「あそこでやっぱキスしとかな」
「やからヘタレ言われるんですよ」
「お前らなんでおんねん!?」
title:にやり
謙也くんはぴば
090317