「お腹空いたの?」
「んなわけねぇだろ。つーか他に言う事ないわけ?」
「うーん、重たいからどいてくれると嬉しいな」
「却下」
「シンー」

シンの顔が苦しそうに歪む。
あぁ、ごめんねシン。そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。

「ねぇどうしたの?」
「押し倒されてて何も感じないわけ?」


何も感じないわけじゃないのよ、ほら今だってこんなにも心臓がばくばく音を立てているもの。


「名前」

そんな優しい声で名前を呼ばれたら私単純だから勘違いしちゃうよ。
でもそんなことありえない。だってシンが想っているのはあの子、それくらい私にだって分かる。

ずるくてごめん。


「ほらそんな顔してたら折角の男前が台無し、あの子にもがっかりされるよ」
「あいつは関係ない」
「とか言っちゃって。また喧嘩でもしたんでしょ、だから珍しくじゃれてるんだろー。ほら、お姉さまが慰めてあげるからこの胸にどーんと飛び込んで来い」


見ないふり、知らないふり。精一杯鈍感なふりしていつも通りの笑みを浮かべたつもり、…ちょっと引き攣ってたかもしれないけれど。
心臓が痛いって叫んでるのは聞こえないふり、これでいい。シンに必要なのはあの子であって私じゃない。私には長年掛けて築き上げたお姉ちゃんポジションがある。


「なんだよそれ…」

もはや圧し掛かられていると言った方が正しいかもしれない。
飛び込んで来いと自分で言っておきながら実際に飛び込んで来られるは想像していなかったので少し驚いた。そして平然を装いながらも身体は露骨に反応して熱を帯びる。

胸元に顔を埋めたシンの頭をそっと撫でてやれば再び不貞腐れた声が返ってきた。


「なんでいつもそうなんだよ、いつまでも姉貴面して俺のこと弟扱いなんだよ」
「だって私にとっては可愛い弟なんだもん」

一切の感情を殺してシンにとってはかなり残酷な言葉を突きつけた。
密着した身体が緊張していくのが分かる。


「俺は名前のことを姉だなんて思ってない」


聞きたくない、その先は言わないで。
咄嗟に耳を塞ごうとしたが腕を掴まれてそれは叶わなかった。


「俺は名前のことが好きだ、一人の女として」

ゆっくり顔を上げたシンの真っ直ぐな瞳に射抜かれて私の頭は真っ白になった。

「なぁ、ちゃんと俺を見てくれよ」

見てる、ちゃんと見てるよ。私はシンのことが好き。弟としてじゃなくて一人の男の子として。

でもシンが本当に好きなのは私じゃない。
私を見てるふりをしてあの子を見ていることを知っている。あの子に抱く感情を間違えて私にぶつけちゃっただけ、シンがまだ気付いていないだけ。

何年お姉ちゃんやってきたと思ってるのよ。

今更この関係を壊すなんて私には出来ない。


「大丈夫ちゃんとシンのこと見てるから」
「っ!!じゃあ」
「でもやっぱり私はお姉ちゃん役が染み付いちゃってるから、ね」


ずるくてごめん。
傷付けてばっかでごめん。
でも私はシンに幸せになってほしいから。


「ほら、分かったらさっさと退いた!!なんか美味しいものでも食べに行こうよ」

今度こそ上手く笑えた。大丈夫、これで良い。



「どうしてわかってくれないんだよ…」

身体が離れる際に発せられた台詞は虚しく消えていった。





title;花洩




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