「私はコンスタンスのことを愛しているんだ」

悪魔が人間を愛する?

幸せそうな表情を浮かべる男を見て私は胸の奥がじりじりと焦がれるような感覚に陥った。


「いつまで人間ごっこをしているつもりかしら?」
「さぁ?でもこれが結構楽しいんだ」

私が想いを寄せていた男はある日突然、人間の世界へ行くといい姿を眩ませた。悪魔のくせに人間の真似事をしているなんて私には到底理解出来ない。どうせこれは彼の気まぐれなのだと初めは放置していた、しかし彼はいつまでも戻ってくる気配はない。いてもたってもいられず人間界を探し回り漸く見つけた彼は、私の知っている彼ではなかった。


「トレヴィル、貴方しばらく見ない内に随分と変わったわね。人間に感化されたのかしら」
「君は人間が嫌いなのかい?」
「えぇ脆弱で欲深いだけの惨めな生物なんてとてもじゃないけれど好きになれないわ」
「相変わらず君は口が悪いね。人間と共に生きてみるとまた違った印象を持てるかもしれないよ。どうだい一緒に?」
「貴方と一緒は大歓迎、でも貴方が魔界に帰って来てよ」
「それは、ちょっと無理な頼みだね」
「どうして?まさか人間に惚れたなんて笑い話にもならないわよ」

冗談めかして言ったつもりの言葉に返事はない。
思い浮かんだ嫌な想像にすーっと背筋が冷えていくのを感じた。

「トレヴィル?」

「私は人間を愛している」

そう言い切ったときのトレヴィルは今までに見たことのない幸せそうな表情を浮かべていた。


どうして?どうして人間なんかを?
これでも私はあらゆるものを魅了する美貌も、捻じ伏せる力も持っている。なのにどうしてトレヴィルは私ではなくただの人間を見ているの?

自尊心が酷く傷付けられて、湧き上がるのは怒りのみ。
私のことを愛さないトレヴィル、そしてトレヴィルの愛する人間。
いつか必ず後悔させてやる、そう心に誓った。

「せいぜい悪魔と人間、報われない恋に足掻いて絶望すればいいわ」


そしてその時は意外にもあっけなく訪れた。

人間たちの引き起こした愚かな争いに巻き込まれて彼の目の前で愛する人は亡くなった、私が手を下す前に、思い描いていた最高の形で。

なんと脆い生物、そんなものに囚われるなんて愚かしい。

「さぁ帰りましょうトレヴィル。これで如何に人間がくだらないものか分かったでしょう?」

どんな結果であれ彼が私の元に戻ってくればそれでいい。

冷たくなったコンスタンスの身体を抱きしめたまま呆然と立ち尽くすトレヴィルにちゃんと聞こえているのか、再度声を掛けてみても反応はない。

「トレヴィル?」


「ふふふっ…、はははははは!!」

するとトレヴィルは突然狂ったように笑い声を上げた。虚ろな瞳は宙を彷徨い、ひしひしと殺気が溢れ出ている。

「ねぇコンスタンス、君を苦しめた全ての奴らに君と同じ痛みを味わせてやろう」
「ちょっとトレヴィル!!」

私の声はまるで耳に入っていない。何も見えていない。ただ復讐心に駆られているだけの姿は酷く不安定で美しく加虐心を煽られ私の心はざわついた。

彼は私を愛さない、いつまでもコンスタンスに囚われているならいっそ。


「貴方の思い描く復讐劇に最高の脚色をしてあげる」


300年後転生する愛するコンスタンスと憎きダルタニアンの魂をすり替えてあげる。そしていつの日か、復讐を遂げるその時、自らの手で大切なものを壊して狂ってしまえばいい。
私はトレヴィルが好き、でも全てに絶望し壊れていくトレヴィルはきっと更に美しく愛おしいものになるに違いない。

持てるありったけの力を使い300年後転生してくる二人の魂に呪いを掛けた。

「楽しみにしているわ」

最高の結末を思い描く、全ては300年後━━





title;花洩




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