あの日以来沖田先輩の姿を見ていない。恐らく私自身、どんな顔をして会ったらよいか分からなくて無意識の内に先輩のことを避けていたのせいもあると思う。おかげで騒がしかった日常が一転して静かな、沖田先輩と知り合う以前の生活に戻ったみたい。
何だか調子が狂う。あんなに沖田先輩に弄られてうんざりしていたのに。
「スカートの長さが規定より少し長いのでちゃんと直しといて下さい」
いつもの様に校門での風紀検査。そういえば沖田先輩と知り合うきっかけとなったのはこの風紀検査だったなぁ、とボンヤリ思い返す。
確かあの時沖田先輩が遅刻回数が5回になったから生徒指導室行かなきゃいけなくなって、それが嫌で遅刻取り消すよう脅されたっけ。それから先輩に牛乳ひっかけちゃったり、机を占領されたり、いつの間にか沖田先輩と接する機会が増えていって…。
「って何考えてるのよ」
どうしてこんなに先輩のことばっかり考えてしまうんだろう。どうして先輩のことを思う度に苦しくなるんだろう。
問いかけたところで答えは返ってこない。
そろそろチャイムが鳴るから今日の検査も引き上げようと思ったとき、前方に見知った影を見つけた。
「あ…」
周りの生徒は走って校門を通り過ぎていくのに相変わらずマイペースに歩いている。
「久しぶりだね」
「沖田先輩」
チャイムが鳴ったのも気にしていないのか先輩は校門の前に突っ立ったまま、あの裏の読めない笑みを浮かべている。
「ねぇもしかして遅刻になるのかな?」
「もしかしなくても遅刻ですよ」
「ってことはまた生徒指導室に行けとか言われるんでしょ」
「そうなりますね」
「…僕の言いたい事分かるよね?」
「…ワカリマセン」
あ、今あからさまに舌打ちが聞こえた。
「その辺の融通利かせてくれないと困るよ」
「無茶言わないで下さい、そんなこと言ったら風紀委員の意味ないじゃないですか」
「君も結構堅いなぁ」
「何とでも」
「なんかちょっと会わないうちに偉そうになったね」
「たああああ!!頭掴まないで、ミシミシって不吉な音が!!」
少し開いていた距離が一気に縮まったかと思うと次の瞬間頭を鷲掴みするがごとくがばっと先輩の手が頭に喰い込んでいた。
「この程度で音を上げてるようじゃ駄目だなぁ」
「この程度ってあり得ない力加えといてこの程度!?」
痛いのは戴けないが、以前と変わらぬやり取りが出来ていることに心の何処かでほっとしている自分がいた。
しばらく指が喰い込み続け、そろそろ頭に痕が残るんじゃないかと思っていた頃ようやく解放された。もうとっくに本鈴も鳴っている。
「完全にHR始まっちゃってる…、先輩も早く教室に行ってくださいよ」
風紀委員が遅刻だなんて気まずいなーと思いながら校舎に向って駆け出そうとしたその時、グっと腕を引かれ思いっきりよろめいた。こんなことするのはこの人しかいない。そして振り向いた瞬間私の心臓は大きく跳ねた。
「この間キスしたこと覚えてるよね?」
あの日教室で見せたのと同じ表情で先輩はこっちを見つめている。その視線に呼吸すら忘れて立ち尽くす。
「僕もあの時なんでしたのかよく分からなかったんだ。だから少し冷静になってみた、そして今日君と話しててようやく気付いたよ」
殺したいくらい愛してるせいで今にも手が滑りそうだ
気付いた時には先輩の腕の中に閉じ込められていて、苦しいくらいに力強く抱きしめられる。
「嫌って言ったって離してあげないよ、君のこといっぱい苛めてあげるからさ」
「選択肢はないんですか?」
「分かってるくせに」
にやりと悪戯っぽく笑う先輩にヤバいと第六感が告げた。
(私と沖田先輩の攻防はまだまだこれから)(選択肢なんて与えられなくても私の答えはたった一つ)
(110213~110327)