午前1コマ目の授業が始まったところだからか食堂利用者は殆ど見られない。この静かな時間、隅の日当たりの良い席でぼんやりしているとまるで日常の喧騒から遮断された空間にいるようで密かにお気に入りだったりする。
今日はバイトもないしこのまま家に帰って休もうか。天気も良いし布団を干すのも「エビフライ美味しそうだね。一口頂戴」ああそうだ帰りに近所のパン屋でチョコデニッシュ買ってこ。

「ねぇname、無視するならキスするよ」
「何か御用ですかイッキュウサン」

ええい鬱陶しいな。人の空間に勝手に侵入してきた不届き者め!!

「ちょ、その呼び方やめて」
「相手にしてもらえるだけありがたく思ってほしいんですが」
「つれないなー苛々してる?」
「ほっときなさいよーってちょっと隣座るな、こっち見んな、エビフライはやらん!!」

放っておいたら本当に好き勝手されそうだったので渋々、隣に居座っているイッキに向き合えば、わーおステキな笑顔。キラキラしててなんか腹立たしいのでとりあえずパセリを口に突っ込んでやった。

「name」
「エビフライ食べたいなら日替わり定食自分で注文してきてね」

人の朝食兼昼食なんだからあげないぞ。

「ねぇちょっと…」
「な、なに」

オーラが怖い。え…悪いことした?え、エビフライ?そんなにお腹空いてんの、エビフライに固執するようなキャラじゃないのになんだこの人。全力で引いているのもお構いなしにイッキはぐいぐい距離を詰めて来る。

「もしかして徹夜?というか昨日研究室に泊り込みだったでしょ」
「へ…」

突然何を言い出すのかと思えばエビフライじゃなかったのか。

「目の下すっごい隈。それにメイクもボロボロ」

指摘されて今の自分の姿を思い浮かべた。確かにあまり見られたものではないけれどそんなの今更だし、私がどんな格好でもイッキには関係ないでしょうが。

「ちょーっと流石にあんま近くでジロジロ見ないでよ」
「研究に没頭するのもいいけど女の子なんだからもっと自分を労わってあげてもいいんじゃない。肌にも悪いよ」
「自分の管理はちゃんと出来るわよ」
「その言葉もう何百回も聞いたけど。ところでこの後の予定は?」
「な、何よその目。予定は特にないから家に帰ろうと思って、るけど…?」
「そう、じゃあ真っ直ぐ家帰ったらすぐにメイク落としてちゃんと休んで。絶対外ふらついたり余計な事はしない、分かったね」

言われなくとも勿論そのつもりだが一々他人に言われるとこう釈然としないものがある。というよりもだ…

「なんかトーマみたいなんだけど」
「それはどういう意味かな」
「どうもこうもそのまんま。あんたは私のおかんか」

トーマほどではないにしてもイッキも面倒見は良い方だけどこうやって絡んでくる時は大抵裏があることはこれまでの経験上まず間違いない。

「うーん、そんな目で睨まれても逆効果なんだけどさ、僕はただ純粋に心配してるんだよ。ほら今のnameって」

互いの息遣いが感じられるまでの距離にぞくりと全身の毛が逆立った気がした。
下手に動くと触れてしまいそうなこの近さで流石に焦りが生まれる。まさかイッキなんだから変なことが起こる確率なんて限りなく0に等しいはずだ。うんそもそもない、なんか変な気分なのは徹夜したせい。だからその手はどこに向かおうとしているんだ、あ?


「あああ!!」

真っ直ぐ向かってきた右手にばかり意識していて気が付かなかったけど、私は見てしまった。

やつの左手がちゃっかりエビフライをゲットしているところを。

「ちょ、どさくさに紛れて私のエビフライ!!」
「ごちそうさま。あれもしかしてちょっとはドキドキしてくれた?」
「ふざけんな食べ物の恨みは恐ろしいんだからなおぼえてなさいよ」
「アハハどうせ僕も今日は事務に用事があっただけだし一緒に帰ろうか」


返せ私のエビフライ!!