ミッディティーブレイクに賑わう商店街の一角に佇む喫茶店。


「お帰りなさいませ。ご主人様、お嬢様」


落ち着いたアンティーク調の店内、扉を開ければ見目麗しい執事やメイドが迎え入れてくれる。
その少し特殊な店のコンセプト、見掛けだけではなく拘りぬかれた妥協を許さない味、それらに惹かれてこの店――冥土の羊の虜になるお客は意外と多かったり。

「メニューはお決まりでしょうか?」



「ねぇ生クリーム足りないんだけど」
「こっちは手が離せないんでケントさんお願いします」
「こちらも忙しいんだ。それよりパフェの容器が見当たらないのだが」

ゆったりとした店内の雰囲気とは裏腹に厨房は戦場。
次々に舞い込んでくるオーダーを厨房担当の三人が目まぐるしく動き回って捌いていく。


「ケーキプレート二つ、オレンジペコとブレンドね」
「無理でーす、もう無理作りたくない」
「何言ってんのname、ケーキ担当は君なんだから」
「じゃあ今からイッキに譲るん「すみませーん」
「はいただいま。…じゃ、頑張って」


キラキラの営業スマイルを浮かべてホールに出ていくイッキにnameは恨めしそうな視線をやる。


「nameさん、諦めて仕事してください。イッキさんを睨んだところでこの忙しさはどうにもなりませんよ」
「分かってますー!!これ以上オーダーつっかえたら回らないし」


半泣きになりながら半ばヤケクソで卵を割ってはボウルに投入していく。
物凄いペースで口を動かしつつ手も同時に動かすことにはとっくの昔に慣れてしまったものだ。


「でもイッキが女の子を寄せ付けなかったらここまで忙しくもならなかったでしょ」
「nameの言い分も分かる。イッキュウがシフトに入っている時は女性客が通常の2〜3倍に増え、全体の集客率が最低でも1.5倍となることは既に統計で実証済みだ。加えて今日は日曜日、そして現在の時刻は午後3時、忙しさのピークだな」
「確かに売り上げが伸びるのは店的に喜ばしいですけど、オレらの負担もそれだけ増えると考えたらちょっと複雑な気もしてきた」
「でしょ、あいつ愛想振り撒いて女の子と宜しくやってるだけでいいかもしれないけどこっちは人目に付かないとこで汗水垂らしながら馬車馬の如くひたすらケーキ作ってんだよ!!お陰で最近甘い物見ただけで吐きそうなんだよ馬鹿!!」


ガンッ、型に流した生地から空気を抜くため力の限り叩き付けたらその振動でパフェの盛りつけ途中だったケントから睨まれた。拘るのはいいけどこの忙しい時にほんの数ミリのずれくらい許容したって誰も文句は言わないでしょうが!!


「人が居ないのをいいことに悪口言って盛り上がってるとこ悪いんだけど3番テーブルのオーダーまだかな?あとさっきからワカさんがこっちガン見してたよ」
「やあやあ噂のイッキさんご機嫌よう。で、3番テーブルなんだっけ?」
「チョコレートパフェですよ、nameさんのせいでケントさんがまた一から作り直そうとしてますけど」
「えっ、ちょケント!!それ完成してるからいいじゃない、出してよ」
「大丈夫だ問題ない最速で完璧に盛り付けてみせるからあと5分待ってくれ」
「イッキそれ持って行っていいから」
「悪いけど諦めて、ケン」
「待てイッキュウ!!こんな中途半端なもの」
「はいケントさん次ピラフお願いします。さっさと炒めて下さい」


シンの絶妙のアシストのおかげでなんとか渋るケントからパフェをゲット。イッキに押し付けてさっさと運べと促せば、一拍間を置いてからそれはそれは素敵な表情を浮かべてやつは私の耳元でこう言い放った。


「さっき厨房でしてた話、じっくり聞かせて欲しいからバイトのあと時間空けといてね」


そこに私の意志を尊重しようなんて思いやりは1ミリも存在しない。そして嫌な予感しかしない。頭の上から冷水を被ったみたいに身体の体温がさーっと引いていくのが分かる。


「nameさん突っ立ってる暇があったらオーブンの様子見て!!」


お先真っ暗、仕事は減らない、ああもうどうにかなって気絶して意識が戻ったら全部終わってたとか都合のいいことにならないかな。
もう既に今日何度目かの溜息を吐いて、数えきれない程零した台詞を叫んだ。


「もう無理!!」