「舞踏会ですか?」
「毎年開催されている澄田家の舞踏会なんだが」
「それは存じております。で?」


学校から帰ってきたら珍しく私よりも早く帰宅していた上の方の兄。そして有無を言わさず連行された先で一通の招待状を差し出された。送り主は財閥の澄田家。

いぶかしげに兄を見れば、如何にも企んでいるといった様子。


「澄田はうちのお得意様だからな。いつも形式として参加しているが今回父上は急に大きな手術の予定が入り行けなくなってしまった」
「父様のかわりに誠士郎兄様が参加するってことね」
「俺より昭義が行った方が良いんだが、あいつも当日は父上の助手として手術の方を優先しなければならないからな」


何となく言いたいことは予想出来る。しかしここは念のために聞いておかなければいけないのだろう。


「この舞踏会、身内の同伴は可能なんだ」
「お断りです」
「そ、即答か…」


舞踏会なんてまっぴらごめんだ。窮屈なコルセットに重たいドレス。面倒なご機嫌伺いや誰某の悪口、腹の探り合い。上っ面だけの煩わしい人付き合いを誰が好んでやりたいものか。そんなことする暇があるなら他にもっと有効な時間の使い方をしたい、例えば新しく発表された論文に目を通すだとか。


「頼むよ名前、俺舞踏会とか苦手なんだよ」
「私も苦手だということ、兄様もご存知でしょう」
「ちょっと挨拶回りに付き合ってくれるだけでいいんだ」
「そのちょっとが一番嫌なのに」
「俺一人で行くより可愛い妹を連れていた方が相手さんの印象だって良くなるだろう」
「なんですかそれ。第一、誠士郎兄様は軍での付き合いとかで慣れてるんじゃないんですか?」
「いやーそういうのも大抵あいつに付き合ってるだけだしなぁ」
「あいつ…?」
「ま、そっちはどうでもいいだろ。父上にも頼まれているんだ、病院のためでもあるんだよ」


だからこのとおりだ、なんて切り札を出されては思わず閉口してしまう。

実際のところ舞踏会一つ欠席したところで父の立場が危うくなるわけでもなければ、病院経営に影響があるわけでもない。それこそ長い歴史の中で築き上げてきたものは少々のことでは揺るがないと断言できる。
とはいえ大切なものを引き合いに出されるとやはり強く否定できない。それを分かっていて敢えて口にする兄に苦々しい思いを抱きつつも、この人もまた私の大切な人だから、こう必死に頼み込まれると受け入れざるを得なかった。



「分かりました今回はお供します。だけど私は挨拶だけしたら帰るから」
「ああそもそもあまり遅くまで名前を出歩かせるつもりはないからな」
「久しぶりに舞踏会に参加するのでドレスを新調しないと、数年前のものだと丈が合わないなぁ」
「何着でも仕立てたらいい。美しい名前をエスコートできるなら安いものだ」


掌を返したかのようににこにこと笑う誠士郎を見て名前早速選択を誤ったと後悔した。

上手く乗せられてしまった気がする。