お妃様の妬みを買ってしまった美しいお姫様は毒林檎を口にしてしまいます。
憐れ何の罪もないお姫様は深い深い眠りへとつきました。




「父上を楽しませる、か」


当主を楽しませたものを次の宮ノ杜家当主とする、昨夜突然告げられた次期当主の条件。そしてそれは当主争奪戦の幕開けでもある。

宮ノ杜勇は大きく息を吐いた。


「一体何から始めるべきか…」


遅かれ早かれこうなることは分かっていた。しかしいざ事が現実のものになると何処から行動に取り掛かれば良いのか。期限は一年しかない、行動は迅速かつ慎重に。なんせ相手はあの兄弟達そして当主なのだから。


「まずは敵を探る、それからだな」


「おーい眉間に皺が寄ってるぞ」
「…誠士郎、何の用だ」


執務室には自分しかいなかったはずだ。
音もなく忍び込んだ男、人懐っこい笑みを浮かべて近付いてくる苗字誠士郎に軽く頭が痛くなった。
この男も一応軍医大佐というそれなりの地位にいるのだが、今日のように度々仕事の合間にやってきては勝手に居付いている。その度に仕事を放置していて大丈夫なのかと多少は心配になってしまう。


「なに面白い噂を聞いたもんで」
「医務局の連中は暇なのか」
「ま、それなりに忙しいけど俺一人抜けたところで支障はないだろうし」
「相変わらず気楽な奴だ」
「お前ももっと肩の力抜いてやればいいのに、ってそうも言ってられない状況か」


早々に追い返すつもりだったが居座る気満々の誠士郎に折れて傍にあった椅子へと促した。
誠士郎は興味津々の様子で身を乗り出してくる。


「にしても当主争奪戦かー、昇進して間もないのに面倒な事になったな」
「忙しくなることは確かだろう。しかし当主の座を譲る気はない、臨むところだ」
「お前らしいな。ま、頑張れよ。何かあれば手伝うし」
「ふん、お前の助けを借りるまでもない」
「人の好意は素直に受け取っとけよ、可愛くない奴だな」


大の男がむくれて頬を膨らませる様は見ていてちっとも面白いものではない。
勇はさっと視線を窓の外へと移した。


「そういえばお前は家を継がないのか、長男だろう?」
「あまりそういうのには興味がないな。俺は医者として生きられたらそれで十分。実家の方はまだ父親が現役だし、優秀な弟もいるし妹もまだまだ家から出る気はなさそうだしな」
「お前妹がいたのか?」
「あれ言ってなかったっけ?めちゃくちゃ可愛いんだよこれがまた」


妹の話題になった途端誠士郎の顔が嬉しそうになる、が何かを思い出して急に暗い表情へと変わった。


「もう19なんで縁談も結構あるんだけど断ってばっかでさ。いや俺としては可愛い妹を手放したくはないけど、流石にいつまでも独り身っていうのも女としてはあれだろ」
「お前の言いたいことも分からんではないが、いつまでも独り身の奴にあれこれ言われたくないだろうな、妹も」
「それはお前も一緒だろうが」
「俺は結婚などせぬ」
「あーはいはい。そうだったな勇はいつもそれだ、宮ノ杜の次期当主が独身でいいのか?当主になったら跡継ぎとか、そういうのでいろいろ問題になるんじゃないのか?」
「その時は適当に見繕えばいい」
「…いつか刺されるぞ」


余計な世話だ、と言い掛けて口を噤んだ。多少思い当たる節がないわけでもない、まぁあれは嗜み程度のことだが。それをいうならば目の前にいるこの男も自分と似たようなことを散々しているのだからとやかく言われる筋合いはない、全くこいつは放っておくと好き勝手喋って迷惑この上ない。


「そろそろ帰れ、仕事の邪魔だ」
「おーこわ!!そんなに睨まなくても帰るよ。あ、終わったら飲みに行くだろう?」
「…お前も懲りないな」
「観念して付き合えよー」
「おい、誰も行くとは言っておらんぞ!!」


人の返事も録に聞かずに勝手に去って行った誠士郎の背中を思い出して勇は再び大きな息を吐いた。
誠士郎といるといつも調子が狂わされる、そういえば最近入ってきたあの使用人といい誠士郎といい騒がしい連中がやたら多いような。


「まったく…忙しくなりそうだな」


さぁ幕開けの時間だ

激動の一年は始まったばかりだ。