あのグリーンアッシュの髪に、何度劣情を抱いたかもう覚えてない。 肩の上で緩やかに揺れるエアリーボブを、いつも後ろから追いかけていた。側に居たくて手を伸ばして、でも指先から笑うようにすり抜けていく。 「楓さん…」 「ふふ、だーめ」 まだ呑みます。とろんとした瞳で徳利に頬を寄せた楓さんは、ゆるりと口元を緩ませてぺろりと唇の表面を撫ぜた。 いつもそうだ。伸ばした手を拒絶するかのように逃げて、子供みたいに無邪気に笑っている。楓さんこそがずるい人だ。いつも俺を翻弄して、手元には残ってくれないくせに振り回す。 楓さんの緑の青のミステリアスな眼差しは、いつもどこか遠くを見ている。それが俺を見ることはなくて、きっと未来を見据えている。俺と一緒に、なんて言うけれど、たぶん楓さんは俺がいなくても十分やっていけるだろう。楓さんはあまり俺を頼らない。 「プロデューサー、困ってます?」 「それは勿論。困らないほうが可笑しいですよ」 「ふふふ。私、プロデューサーを困らせること、好きなんです」 プロデューサーと呼んでくれる声が好きだ。柔らかいトーンで俺を呼んで、甘えるように笑う。時々わがままを言って俺を困らせて、でも俺がちゃんと叶えるととても嬉しそうに笑ってくれる。 この無邪気な大人をさっさと組み敷いてしまいたいし、俺のものにしてしまいたい。みんなのアイドルじゃなくて俺だけのアイドルにしたい。俺の、俺だけの楓さん。それは絶対に無理な話なのだろうが。 「もっと悩んでください。もっと私のことを考えてください。ねえ、私のプロデューサー?」 可愛いわがままで、いつも困らせて、期待させて。アクアマリンとエメラルドのオッドアイは、じっと俺を見つめている。もう絞り出すような声しかでなった。 「…ずっと、楓さんのこと考えてるんですけどね」 くっと浮かんだ笑みのお陰で頬が歪む。チャームポイントの泣きぼくろがくにゃりと歪んだのを見ていた。 「うそつき」 優しいトーンで、楓さんは目を細めて笑う。否定の言葉は、出てこない。 俺は楓さんが好きだ。でも楓さんだけのプロデューサーにはなれない。楓さんが一番だけれど、他にも一番はいる。一番を一人だけにすることは出来ない。だから、なんだろうか。教えてください楓さん。他のアイドルを切り捨てなければあなたを捕らえられないんですか。私の、ではなく、私だけの、と言わせてあげられないからいけないんですか。 「きっと、運命の人ではないんですよ。私たち」 「それでも…それでも、俺は楓さんが好きです。高垣楓は俺の運命の人だ」 「ふふ。プロデューサーの小指には、一体何本赤い糸が結ばれているのでしょう」 また翻弄するように、楓さんは静かに笑った。そして何事もなかったかのように、清酒の満ちたお猪口に口を付けて、酒盛りを再開する。 少しだけ寒い駄洒落も、お腹を抱えて笑いますから。ねえ、だから。なんであなたは俺に微笑んでくれないんですか。 俺に好きとは言ってくれないんですか。 答えてください。俺の、女神様。 深夜3時、情愛の指先が触れない街にて 150106 なゆた アイドルマスターシンデレラガールズ;高垣楓 |