俺の小指が無いのはあの世でお前に誓ったから。



いつも、夢に視る。
白、赤、黒。白、赤、黒。
その繰り返し。あいつの暗い藍色が宿った長い睫毛の縁取る瞳が閉じて俺の獣のような慟哭の叫び、舞う血飛沫。夢はいつもそこで終わる。


「大丈夫?勘ちゃん」
「うん。大丈夫」
いつものことだからと、額を拭う。半身だけ起こすと背中を嫌な汗が伝った。隣で眠っていた幼馴染みが長い睫毛を持つ瞳を瞬きながら心配そうな視線を寄越した。男のくせに薄暗い室内でも映える白い肌に一瞬ドキリとする。安心させるように癖毛を撫でれば、また眼を閉じる。静かな寝息を聴いて頬に唇をつけようとするが離した。ただの幼馴染みはこんな行為はしないのだから。

久々知兵助。
俺の幼馴染み。そして前世での俺の恋人だった男。
「ッ、イタ」
無いはずの左の小指が刺すように痛んだ。涙で滲んで兵助の寝顔がよく見れなかった。

大学の実験室。
液体が沸騰するのを待ちながら白衣に包んだ両手を蛍光灯の灯りに翳してみる。左の小指だけが欠落している。よく兵助と指切りの約束を交わした、左手の小指。

(…何で、俺だけ記憶を持ってるんだろ)

尾浜勘右衛門には前世の記憶があった。室町で自ら指を切除してから五度転生している。転生する度に一致しているのは、"左手の小指が無い事"。かつての恋人に再会したのも、この現世だった。久々知兵助の幼馴染みとして。
(…結局は、俺の独りよがり)

切なくなって、涙が出そうになるのを目頭に力を入れる。

「今は兵助に会いたくないな」
手を伸ばす程、遠くなる思いに苦しくなった。天の邪鬼な言葉と裏腹に、とても兵助に会いたかった。

「勘ちゃん?」
驚いて、持っていた資料を取り落としてしまった。
「へい、助」
声が裏返った事に、感の鋭い幼馴染みは気付いただろう。
「ごめん。俺呼ばれてるから」
資料を机に置いて、素早く立ち上がった。兵助の側に居たら、自分の気持ちを押さえつける自信が無かった。


「最悪過ぎる、俺」
あの日以来、兵助を避けている。誰だって避けられたら不快になるのは当然だ。偶然か必然か、会って一度も口を聞いていない。兵助に謝りたい。気持ちが暗くなると、悪い方向にばかり考えてしまうのは自分の悪い癖だ。今は誰でも良いから話したかった。素直な自分の気持ちを吐露したかった。不意に下の階から音がした。合鍵を持っているのは、あいつだけだ。普段から落ち着いている幼馴染みの性急な足運びに、思わず口許が綻ぶ。勢いよく部屋の扉が開いた。

「兵助、」
肩で息をして、射ぬくような視線を俺に投げている。
「俺、何かした?」
長い睫毛が震えた。苦しそうな表情に胸が痛くなる。
「違うよ、兵助」
「じゃあ、何で避けるんだ?どうして俺の目を見ない!」
どうして?と訴えかける視線に決意を固める。今の関係が壊れても良い。話さないといけない。

「兵助」
「…何だよ」
「俺が、前世の記憶を持ってて、お前が前世での俺の恋人だって言ったら?」
「勘ちゃん、何言って…」
隣に座ってきた。互いの息使いが聞き取れる距離に俺と兵助は居るんだ。

「聞いてくれる?俺の話」



俺は話した。
前世での事、兵助が俺の恋人だった事、小指がない理由も、転生して五回目だと言うことも全て話した。兵助は最後まで黙って耳を傾けてくれた。

「ごめん。俺」
「良いんだ。聞いてくれて、ありがとう。兵助」
見合わせた互いの顔を見て笑う。声を上げて笑ったのも、久しぶりのような気がする。「頭がおかしいって思っただろ?」
「勘ちゃんにとっては、大切な事だ」
「無理しなくて、良いよ」
「無理なんかしてない!」
笑い声が止んだ。互いに探るような視線を投げ合う。
「確かめてみれば良い」
沈黙を破ったのは兵助だ。傍らの体温が自分の体に密着した。兵助が唇をつけてくる。やわらかい。舌が入って、熱い吐息が耳に届いた。あの時と同じ、兵助の体温。
「どうだった?」
問い掛けに温い雫が頬を伝った。不可抗力だ。
「やわらかい、な」
「そういうんじゃなくて」
分かってるよと返して、指先で涙を拭う。目の前には兵助の顔。
「飽きるまでで、良いんだ。俺と付き合ってほしい。兵助が好きなんだ」
告白。生まれて初めて、こんなに誰かを凝視した。

「無いよ」
「えっ?」
消え入りそうな言葉だった。
「だって、俺が勘ちゃんに飽くことは多分、おそらく一生無いから」
少し早口だけど、しっかりと聞いた兵助の言葉。照れ隠しか、兵助が俺の言葉のすぐ後にキスをしてきた。その間、兵助はずっと手を握っていてくれた。
「勘ちゃんが、好きだ」
「俺は愛してる」
無い筈の左手の小指を優しく包み込むように、ゆっくりと。

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