第三新東京市に四季が来るようになったのはつい最近のことで、はじめて冬というものを経験したシンジは大変に困った。なにしろ寒い。十数年の夏の反動を取り返すような、世界が冷凍庫になってしまったんじゃないかと思うくらいの寒波だ。いまだって薄いコートにマフラーを巻いているだけのカヲルと違って、シンジときたらコート、ブーツ、マフラー、手袋、帽子、おまけに耳当てのフル装備で、それでもがちがちと歯を鳴らしながら道を歩く。
「シンジ君、大丈夫かい?」
ドイツ生まれの使徒はあまりにシンジが寒さに弱いのに驚いた。これでもかと厚着をしたうえに、街に出るたびに死にかけのウサギみたいにぶるぶる震える。できることなら彼の前に立って手袋をした指を両手で温めながら進みたいと思うけれど、この前それをやったら後ろ向きに赤信号に突っ込みそうになった。
「やっぱりタクシーを呼んだ方が」
辺りには雪が積もっていた。シンジは小さくかぶりをふってざくざくと道を行く。所持金の少ない二人がタクシーを使うことはできない。もしそんなことをしたら、アレが買えなくなってしまうかもしれない。
シンジは手袋につつまれた手をにぎりしめる。
そうだ。今日こそは買うんだ、あの伝説の暖房器具を。



「これがミサトさんの言ってた伝説の暖房器具……」
駅前の大型デパートは暑いほどに空調が利いていて、手袋を外したシンジの手はみるみるむくんだ。ソーセージみたいになった手をにぎにぎさせながら辺りを見回す。
「えーと、大型家具に売ってるらしいんだけど」
「シンジ君、あれじゃないのかい?」
カヲルが電気製品と家具売り場の真ん中あたりを指さす。そこにあるのはまさに。
「これがこたつ……!」
さすがに需要が多いのか特設コーナーが用意されていた。「こたつセール 大特価実施中!」の垂れ幕とともに、同型の家具がずらりと並べられている。一番近くにある一つに近づいてみれば、値札に「電気こたつ 大特価5900円」の文字が躍る。
「うーん」
けれども、二人は納得しない顔で首をかしげた。
「本当にこれなのかな?」
「うん。僕らのイメージとは少し違うようだね」
メモにはミサトの大雑把な字で炬燵(こたつ)、とかかれている。カヲルはそのメモを一目見て、外国人らしく漢字がかっこいいともてはやした。シンジもすごい字面だ、と思った。なんたって二字熟語の中に火へんがふたつもある。燵の字なんて、火が達すると書いて燵なのだ。こんな字みたこともない。
だから二人は、炬燵とはそれはもう火あぶりになるほどあたたかいものなのだろうと思っていた。シンジはきっとハロゲンヒーターのすごいやつだ、と主張したし、カヲルは電気カーペットが服のように仕立てられたものではないか、と予想した。
けれど、目の前のそれは結構原始的というか、ただ足の低いテーブルに毛布がかぶさっているだけの代物に見える。これなら毛布にくるまっている方が温かいんじゃないだろうか。というより、買わなくても毛布を家のテーブルにかければ同じになるかもしれない。
「あったかいのかな?」
「どうだろう」
二人は考え込んでしまう。こたつの四角い天板の上には「温かさをぜひお試しください!」の文字があった。顔を見合わせた二人はいそいそと靴を脱ぎ、展示されているカーペットへと上がる。
掛け布団の中に足をつっこんで、シンジはたまらず呻いた。
「うっ、寝そう」
「……これは天国!? そうか、そういうことかリリン」
その隣でカヲルは何かを悟ってしまっている。
「冬。自転より生まれし人間にとって忌むべき存在。悪魔のような暖房器具を利用してまで生き延びようとするリリン。僕にはわからないよ」
「僕はここにいてもいいのかもしれない。僕はここにいたい、……僕はここにいてもいいんだ!」
解脱しそうな二人は、それからしばらく無言で炬燵の魔力を堪能していた。


食品売り場でカートをがらがら鳴らしながら、シンジとカヲルは深く嘆息した。
「おそろしい敵だったね……」
「さすがはセカンドインパクト前のテクノロジー。もう少しで永久にぬけだせなくなるところだったよ」
あのまま半分、というか殆んど眠ってしまっていた二人は、販売員に起こされることで炬燵の魔の手から脱した。あわてて展示品の炬燵の清算をし、家への配達の手配を済ませて今に至る。
シンジは白菜の1/2カットと春菊をかごの中にいれた。続いてしらたきのパックを手に取ると、カートを押すカヲルが覗きこんで目を瞬かせる。
「始めてみる食材だね。今日は何を?」
「鍋にしてみようかと思ってるんだ」
「なべ」
「うん。これも冬にまつわる伝説の料理なんだよ。食器に移さずそのまま鍋から取ってわけるんだって」
「なるほど効率的だ」
かごの中には次々としいたけや豚肉の切り身が積み重なっていく。レジに向かう途中、シンジが困ったように肩を落とす。
「ねえカヲル君、僕たちはまだまだ知らないことが多いね。はじめての冬がこれなんだからこれから一年どうなるんだろう」
「僕は歓迎しているよ」
反対にカヲルは楽しげに笑う。
「はじめての冬や春や秋を、君と学んでいけるのだから」
レジの列は長く続いていて、シンジとカヲルが隠れて手を繋いでも誰もわからない。少しだけ縮まった距離にカートがきしりと揺れた。

さあビニール袋をさげて冬の道をいそごう。家にはあの炬燵が待っている。



2012 2 14


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