※2012/7/29〜8/5に行ったエヴァ文アンケ企画反映ものです。アンケ結果はこちら
※若干エロです。

















あ、と思った時には、いつだって遅い。今日だって気付いた時には手遅れだった。
声は出ない。出すことが禁じられている。シンジのどんな叫びも咎めだても、彼の唇によってやすやすと飲みこまれてしまう。代わりに、んっ、と恰好わるく喉が鳴った。言葉を閉じ込められて、シンジはしかたなく首を大きく振る。
目の前は真っ赤だった。腕は体の横に縫いとめられている。机に腰掛けた途端にいきなり覆いかぶさった銀髪が、押しつぶすほどの重さをかけて、シンジの動きをとめていた。
顎だけで顔を上向けられる。舌が侵入した。
あたりをなぞる湿ったざらつきに、シンジは舌が無数の細かな凹凸をもつことを知る。絡めらとられ、すりあわされ、何度もしつこく歯ならびを確かめられて、背筋が震えた。
「はぁっ」
解放されたシンジが口を大きく開けると、膝の上に唾液が落ちた。黒い染みになる。
それにも気付かないくらい大きくあえぐシンジを、渚カヲルがにこにこと見つめていた。
「大丈夫かい?」
その表情のまま、ポケットからハンカチを出してくる。
シンジは思いきり睨んで受け取った。
渚カヲル。同じネルフ所属のパイロット。それからクラスメイト。あとはたぶん、友達、のはずだ。
たまにこんなことをしてくる以外は。
最初はふれあうほどのものだった。シンジは始め、外国生まれだから、とかなんとか自分をごまかしていたが、次第に笑えなくなってくる。しかもそんな笑えない行為に、この同僚ときたら周りに人がいなくなればすぐ及ぼうとするのだ。
もしかして冗談のつもりなのかといえば「まさか」と言われた。
何を考えているか分からない。
口を拭い終わったシンジがハンカチを返すと、カヲルは顔を寄せてきた。
「怒ったかな」
机に腰掛けたままシンジはそっぽを向く。無言でいればさらにのぞきこまれる。
そのままでいると、何か言わなければいけないような状態になった。
「……苦しかった」
「ごめんね」
「びっくりした」
「すまない」
「こういうこと、いきなりするのやめてって言ってるじゃないか」
「ごめん。では、今からするよ」
言うなり、カヲルはまた口づける。
「んっ!」
そういう問題じゃない!
でも鼻から漏れるのは甘えたような声だけだ。掴んだシャツがくしゃくしゃになる。シンジは息を弾ませながら、彼の肩ごしに黒板の横に貼られた学級目標を見る。“みんな仲良く!”。いや、なか、よすぎるって。
放課後でほかに誰もいないとはいえ、ここは教室なのに。それに考えが及ぶと、シンジの胸に熱い染みがひろがった。学校なのに。教室なのに。……友達、なのに。
「ふぁ、んん、ぅ」
手は、解放されていた。それを使おうと思い立つころには、力が入らなくなっていた。いっそカヲルのシャツにすがるほうが、突き飛ばすより簡単だった。目がまともに開けられなくなっていて、うすく開くと涙が落ちる。
視界が赤い。……彼の、目だ。
二つの宝石。きらきら、光っている。濡れている。何かの欲に突き動かされて、うれしそうに、シンジを見ている。それでいてけもののように、隙を見計らっている。
「……なんで」
ようやく言葉を許されたときには文句を言う気も失せていて、シンジはぼうっとして言った。
「なんで、閉じない、の」
「見たいんだ」
ふっと、耳に息が吹き込まれる。
「君がどんな顔してるのか、見せて」
ささやかれて、肌が粟立つ。
三度目は抵抗というよりも、きっと追いすがるみたいな格好になっていた。
「ふう、う、んっ」
頭の中身がスープになる。舌でかき回されているみたいだった。くちゅくちゅ、音が鳴る。口の端からよだれが漏れているのがわかる。シャツを持つ手がどうしようもなく震える。
「ん、んく、んぅ」
目の前には、真っ赤なスクリーン。自分はどんな顔をしているんだろう。見たくなかった。間違いなく、恥知らずな顔をしている。はしたなく、あさましく、みっともない、そんな顔。
「ぁ……」
陶酔した声にカヲルが笑った。引き寄せられる。距離がさらに狭まり、背中に腕が回る。
「んんんんっ」
深すぎて、シンジの頭がちかちかとしびれた。
「んふぅ、ふう、んぁ、……あっ」
背中をつつと撫で上げられて、腰が跳ね上がる。口からは誘う声しか出ない。空の教室にはかなしいくらいに響く。
ぼやけた頭で、シンジは、だめだ、と思う。流されてしまう。口では嫌と言いながらも、心と体が傾いてしまう。胸のあたりがしめあげられて、触れられるひとつひとつにひどく敏感になる。
そして、そのどれもこれもが観察されていることにも、シンジは気付いてた。体の素直な反応も、それにためらう心も、なにもかも見透かされて、その上でやさしく笑われている。
音を立てて口が外される。
「シンジ君。隠したって無駄だよ」
カヲルが、シンジに向かってうれしそうに言った。
「僕はもう知ってる。君が僕を好きだということをね」
幅広な唇が完璧な弧を描くのに、シンジは目を奪われる。
やっぱり、もう遅いのかもしれない。視線だけでなく、もしかしたら、なにもかも奪われてしまったあとなのかもしれない。心も体も、唇も、彼のものになってしまったあとで、滑稽に権利を主張しているのかもしれない。
ぴたりと密着した体に、シンジはほとんどわからないほど腕を持ち上げる。たしかに抱きしめる形にして、赤い目に見いられながら、カヲルの背に触れようとする。
「非常招集」
シンジは目の前の体を突き飛ばした。
ドアの横には水色の髪の少女が立っていた。渾身の力を込めたにもかかわらず、少し体を揺らしただけのカヲルが笑みを崩さずに言う。
「ああ、後で行くよ。シンジ君も一緒にね」
「そう」
「あのっ、あっ、綾波っ」
「あわててその格好で来ないでね」
シンジは自分の服を見おろした。いつの間にかほとんどボタンが外されていた。
同僚の情けない顔を一瞥し、ファーストチルドレンは青いスカートをひるがえした。その背中をシンジは茫然と見送る。
音のなくなった教室の中、くすくすと笑うのはカヲルだ。
「牽制のつもりかな」
楽しげに言ってから、傍らのサブバッグを持ち上げる。それが解放の合図と知ってシンジは胸をなでおろした。
「次は邪魔の入らないところでしよう」
そしてすぐに肩を落とす。
「これっきり、って言葉、教えたほうがいいみたいだねカヲル君」
「二度あることは三度ある、ということわざもあるよ」
「博識だよね。そういうとこ尊敬するよ。だからやっぱり僕カヲル君とはいい友達でいたいと思う」
「きみ、どの口で友達なんて言うんだい」
ああこの口か。
廊下にでたシンジはこの夏何十回めかの敗北を期した。



2012 8 22
(アンケ結果:「教室」にいる「53」が、「いちゃこら」していて、「綾波」が出てくる「ほどほど」にいかがわしい話)

back
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -