2のAの教室の窓にはクリーム色のカーテンがそよいでいる。机に広げた教科書には頬杖をついた自分の影が落ち、昼下がりのぼんやりした日差しに輪郭を滲ませていた。地理の時間、かつかつとチョークを黒板に走らせる音が響く。
ヒカリはあちこちで交わされるささやき声に耳をすませながら、黒板の文字を写し取った。ノートに書いた一行に蛍光ペンを走らせようとして、手を止める。
「……」
板書をしていた背中が振り返る。教室の話し声が止んだ。教師がテキストを手に歩きだせば、またひそひそと再会する。ヒカリはそれとない仕草で動揺を隠した。うつむいて教科書のページをめくり、その音に紛れるくらいの声で呟く。
「なにしにきたのよ」
教師がヒカリの席を通りすぎる。その直後、アルミの窓枠の上に日に焼けた顔が現れた。短く切った黒髪の下の眉が、横目で睨みつけるヒカリの表情にすねたようにまがる。
「せっかくきてやったんちゅうに、もうちょっとうれしそうにせんかい」
「なんで私が……」
「なんや、きこえん」
「誰も来てくれなんて言ってないわよ」
朗読をする教師が背を向けているのを見計らって、ヒカリは声の音量を少しあげた。
「もう、行ったの近所のコンビニでしょ? どうしてそんなに時間がかかったのよ」
「ケンスケがチャリの鍵忘れて、歩いてったからしゃあないやろ。文句あるならあいつに言えや」
「どうせ行こうって言いだしたのは鈴原のくせに」
「失礼やなぁ。今回はセンセやで」
「うそ言いなさいよ、どうして碇君が」
「ほんまやって。昼飯ん時に渚がガリガリ君食ったことないってゆうたら、じゃあ食べに行こうって言いだして」
「ああもう、あの二人は!」
「せやろ。なのに、いいんちょにかかればなーんでもワシのせいなんやから」
うらみがましい声に、ヒカリは早口で悪かったわよと告げた。
「……で、どうするの、これから。高野先生ぜったいドア開けてくれないと思うけど」
「四時間目は出る。言い訳はまあ、保健室いってたってゆうわ」
「四人で?」
「八木ちゃんやさしいから信じるやろ、っておおっと」
いきなり首がひっこめられる。そして教師が再びヒカリの側を通るのを待ってから、袖をめくったジャージの腕がアルミサッシの上ににょきっと生えた。目を白黒させるヒカリの机に次々とカップアイスを乗っけて、足音が迫る前にひっこめる。
「それいいんちょと惣流と綾波のぶんな」
とだけ残し、2のAの問題児は音もなく去った。手早くアイスを机にしまった後、ヒカリは少し身を乗りだして窓の外を覗いてみる。二階の壁に器用に排水管をつたって降りるジャージの背中があった。地面ではビニール袋を提げた三人が見守っている。
眺めながら、男子って馬鹿みたいとヒカリは思う。
どうして、わざわざ60円の棒アイスなんか買いにいくのかしら。それも放課後じゃなく昼休みに学校を抜け出して。そのうえ、律儀にクラスメイトへのお土産までもってきたりする。
きっと思考回路が女子とは違うのよと結論づけて、ヒカリは窓から顔をあげた。その机にふと影が落ちる。
「なんだ洞木? 余所見とは余裕だな」
驚く暇もなく横から地理教師の腕が伸びた。がらりと窓を開け放ち、今までヒカリが覗きこんでいた場所に目を落とす。
一秒後、つんざくような雷が落ちた。

「こらぁーーーーーーっ! 鈴原相田に碇と渚ァ!」

窓の下の四人は顔を上げ、次の瞬間脱兎のごとく逃げだした。全速力で教室を飛び出していったスーツの背中に、窓を覗き込む生徒を中心にしてざわめきと笑い声があがる。
やっぱり男子って馬鹿みたい。ヒカリは軽い息をもらす。それから頬をほんの少し緩ませて、引き出しの中の冷たさを確かめた。



2012 1 2

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