『「性悪説・季節・星」』 p1/p2


きっかけは、弟の一言だった。

「たまには外にでも出たらどうなんだ」



季節がひとつ戻ったような気候。
今まで居た場所には秋が来て、脳は毎日のように忙しなく働き続けていた。
夏の間に溶けていた部分までもが、一度に動き出すように。
弟が廃棄寸前にしていた貰い物のチケットの行き先は沖縄だった。
すぐ貸切りに出来る空港を持っている場所でもあり、ちょうど良かったのだろう。

そばに寄ってきたスーツの男達に荷物を預け、人の少ない順路を通過して外を見ると、黒い大量の人影。自動ドアが開き、一歩前に出る。

「「「「ようこそお越しくださいました、須藤院海玲様!」」」」
「…うん、ちょっとうるさいかな」

手厚い歓迎を受けつつ、車に乗り込みホテルへの道のりを進む。運転手には見覚えがあった。
確か、最後に沖縄に来たのは十数年前だ。
母と幼い弟二人と共に来た、擦りきれた記憶を呼び起こす。
昔はこんなに付き添いが多かっただろうか。
ふと窓の外に視線を飛ばすと、海があった。
過去の記憶と同じ、眼前の海は美しい。
今の僕とは相容れない、鮮やかな碧色。

──もしもここに、雅がいたなら。

この場所は、彼女の色と共鳴して、さらに鮮やかになるだろう。
それほどにあの海の碧は雅を思わせた。
呼吸が出来なくなるような痛みが、刹那身体中を駆け巡る。
車が停車する寸前のことだったために、僕は誤解を与えることになってしまったようだった。

「到着致しました…運転手に不手際がございましたようで、申し訳ありません」
「…いや、そういう事情じゃないから、気にしないでくれ」

すでに荷物の運び込まれた宿泊スペースは、ちょっとしたワンルームに色々おまけをつけたような空間で、テラスからは障害物無く海を一望できるのだ。
シャワーを浴び、楽な格好でベッドに横たわる。
目を閉じると、頭の隅で燻っていたものが次々と姿を現し始めた。



眠れないまま時が過ぎた。
体を起こしてテラスに出る。外はもう薄暗い。
ある一点に、一際輝く星が見えた。いわゆる一番星だ。
落ちてきそうなほどの目映い光を放って、自らの存在を主張してくる。
僕が、僕の意思で手放した光が遠くで輝いているさまを思って、また苦しくなった。
望んだことであるはずなのに、僕はまだそれが惜しくて仕方ないのだ。

夕飯すら入る気がしない。
電話で紅茶だけを頼んで、それを待つ間を使って書斎に入った。
テーブルに何冊か書籍を重ねて、その内の一冊を開く。

それが今、沸き上がるものを抑える唯一の手段だった。


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