熱く、冷たく。
刺すようで柔らかく、肌に馴染むような。驚愕に見開いた両目はそれをなした人物を映しこんでいた。


熱い。
熱風が顔を髪を体を嬲る。炎が建物を舐め、パチパチと木の燃える音があちこちから聞こえる。
脳裏にはぐれてしまった銀時と神楽の姿が浮かんだ。

「そろそろ潮時、かな」

火事を起こした張本人が室内を一瞥してぽつりと呟いた。屋敷は逃げ惑う人や天人で大騒ぎになっている。
押し倒され、掴まれた手首が痛い。血の巡りを滞らせている男の手は透けるように白かった。
万事屋にされた依頼は身辺警護だった。天人とも売買するような商才のある依頼主らしいが、比例するように敵も多くいるようだ。
その商売敵からの襲撃を恐れての今回の護衛になったのだが、目の前の人物は互いに睨み合っていた緊張感の中、両者を潰す為に派遣されたのだと盛大に火を放ちながら現れた。

それからは敵味方入り乱れての乱闘、消火、逃亡と混乱を極めている。

新八も銀時や神楽達と敵を蹴散らしつつ、味方を(たまに)助けながら脱出しようとしていたが、焼け崩れた柱に遮られはぐれてしまった。そこでじっとしていれば焼け死ぬか煙による窒息かの結末しかなく、他の道を探しながら移動していた時、予想もしていなかった横からの衝撃に息を詰めた。
何が起こったのか分からなかった。大きな音と後頭部や背中に強い痛みを感じつつゆるゆると目を開ければ、

「見つけた。君ホント地味だね」

探すのに時間かかったよ。

炎に照らされ緋色に染まる、笑みを浮かべた天人が視界を埋めていた。神楽によく似た顔立ち。でも底冷えするような怖さがある。本能が震えるような、恐怖。
笑みに伏せられた目蓋の奥に地球の色をした瞳が隠されているのを新八は知っている。

それはもう、何度、

「お侍さんとはぐれてくれなかったらどうしようかと思ったよ」

まあ、最悪攫っても良かったんだけど。

恐ろしい事をさらりと呟いた男に手首を掴まれ、逃げ出す事が出来ない。どうやら広い座敷に転がされているようだがここにも火の手は容赦なく延びている。
パチパチと火の爆ぜる嫌な音が耳に届いた。
神楽によく似た男は時折新八の前にふらりと姿を見せていた。狙ったように銀時も神楽もいない、一人を知っているかのように。
神楽が厭い抗い続けている種族の業にも性とも言える血と強さを求め続けている男が強くもない新八の元を度々、

「手を放して下さい」
「んー…逃げない?」
「逃げなきゃ焼け死にますけど、僕もアンタも」
「ああ、そうだね。君は死ぬかな?俺は平気だけど」

にこにこと笑っていない笑みで男は新八の言葉を遊んだ。手を放すつもりはないらしい。相変わらず何をしたいのか分からない男だと思った。
立ち込める煙に目と肺が染みて痛む。本格的に危なくなってきたかもしれない、涙に滲む視界を瞬きで払った。

「用件はなんですか、死にたくないんで手短にお願いしますよ」
「へぇ、余裕だね」
「そんな訳あるかァ!!銀さんも神楽ちゃんも来ますよ」

新八の言葉にきちり、と掴まれた手首が軋んだ。痛みに眉が寄る。鮮やかな緋色の世界で男の地球の色をした瞳がまっすぐに新八を見返していた。

「ねぇ、眼鏡くん」
「新八です」
「……君は、」

君は、

「「新八ィィィィィィィィッ!!!」」

視界を男の持つ濃い桃色に塞がれたのと、座敷の奥から轟いた銀時と神楽の声はほぼ同時だった。



「っ、」
「迎えが来たようだよ、眼鏡くん」

バタバタと駆けてくる足音が近付く。けれど男からもたらされた衝撃に息を止められた気がした。
それは熱く、冷たく。刺すようで柔らかく肌に馴染むような。
掴まれていない手でそこを押さえた。人体の急所のひとつ。ここを晒せば呆気なく命は奪われる、奪える柔い喉、に。

この男の薄い唇、が。

「弱い者に興味はなかったんだけどな。…どうしてだろ、君は」

君は何故か、

地球の瞳が新八を眺めている。その色が何を考えているのか新八には一度だって分からなかった。
なのに、どうして。どうしてあんなに柔らかく、微かに震えて男の唇は新八に重ねられたのか。

その震えから伝わる、

「しんぱ…っうわ!」
「新八生きてるアルか!?焦げてないアルか!!」

手首を掴まれたまま引き上げられ無造作に放り投げられる。その背中には銀時と神楽の焦った声が聞こえた。
喉を押さえたまま新八は正面を見つめる。二人から男は見えているのかいないのか。

「返してあげるよ、お侍さん」

ガラガラと屋敷が崩れる、焼け落ちる。そこでやっと銀時と神楽は今まで新八が誰といたのかを理解した。

「君から奪っても良かったけど、ズルは俺の趣味じゃないから」
「…お前、」

銀時の低い呟きが聞こえる。神楽の緊張と警戒が炎だけじゃなくチリチリと辺りを焼いた。
座敷を支える大きな梁が崩れ落ち、男と新八を隔てた。赤く焼けた木材の隙間からは笑みを作る口元しか窺えず、表情はよく見えない。でも喉が感触を覚えている。

重ねられた唇の、


「じゃあね、」

「かむ、っ!!」


また。


ひらりと手を振る男の名前を呼ぼうとしたが、銀時が新八の視界を遮るように抱えて背を翻し、足早に屋敷を脱出したため言葉は途切れ音にはならなかった。
三人が脱出したのち、贅を凝らしただろう屋敷は緋色の炎を纏いながら砂山のように脆く崩れ落ちた。



「あー、ここにいたのかよ団長」
「……阿伏兎、何ソレ」

新八達を見送ってそろそろ逃げようかと思っていた男は隻腕の部下が連れてきた人間二人に首を傾げる。
自由気ままな上司のせいで苦労の絶えない部下は、深い溜め息をつきながら今回の目的だとやる気なく答えた。

「ふぅん」
「ヒィィィ!た、助け」
「は、春雨の縄張りからは手を引く!!アンタらの邪魔はしないからい、命だけは助けてく」

「あー…煩いな、」

無様に命乞いする人間達の言葉を首を落とす事で黙らせ、手にべたりと張り付いた血液を舐めた。
塩と脂がきついそれに顔を歪めて、水を切るように振り払う。
阿伏兎は切り落とされた首二つを拾い上げ、ちらりと男に視線を向けた。

「団長、とうとうフラれたか」
「何の話?」
「…あの眼鏡が気になんだろ」

すきなのか。

「お前からそんな単語聞かされるなんてな。…さあ?どうなんだろね」

証拠や首がない死体二つを跡形もなく焼いて崩れ行く屋敷から、部下を伴って悠然と出て行く男は柔く白い喉の感触を思い出して薄く唇を引き上げていた。



「こんなものがこいであるはずがない」



あの喉を食い破りたいと願う狂暴な感情が。



こいであるはず、






***
20120523

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -