ユーリ
No.1『みけ様→ユーリ(切なめ/妹設定)』
きらきらと正午を過ぎた陽射しを反射するのは、下町を象徴する噴水。
飛び散る飛沫は冷たく、それでいてどこか優しい雰囲気がするのは何故だろう。
「おや、アンジェ。珍しいね、一人かい?」
買い物帰り、ゆっくりと歩いていたら声をかけられた。
その内容に思わず苦笑する。
「いつでもお兄ちゃんと一緒ってわけじゃないですよ」
その答えを聞くと、彼女はにこりと深い笑みを見せた。
「そうだね。でも、一緒に歩いているのを見ると何故か安心するんだよ」
「そう……かな?」
「ああ。今日も平和だねって感じるのかねぇ」
「……」
ローウェル兄妹が一緒に歩いていると平和……。
最初は納得できなかったが、よくよく考えてみると、ユーリが捕まらずに下町にいることが平和なのかなと結論に至った。
「確かにそうかもしれませんね」
彼女の笑い声に重ねるようにクスクスと笑う。
心地よい二重奏。平和で幸せの音色。
「そうだ」
「はい?」
彼女は背中を向け何かを探している。
何だろうと気になり、ちょっと覗いてみる。
そのタイミングで彼女は振り返った。
「はい。持っていきな」
真っ赤なリンゴと金色にも見える青リンゴ。
ちょうどいい大きさのリンゴが彼女の両手に塞がる。
「この前、ユーリに助けられたから、そのお礼」
ふわりと漂う香りは今すぐかじりつきたくなるほど。
遠慮はせずにお礼を口にする。
「仲良く半分コするんだよ?」
「……はーい」
仲良く半分コ。そんな年齢とは程遠い気がして、小さな抗議を込めてみた。
それに気づいているであろう女性は、にっこり笑ってアンジェの背を押した。
何だか複雑な感情を抱きつつ、アンジェは目的地に到着した。
ユーリの部屋をノックするが返事はない。
昼寝の最中だと判断したアンジェは遠慮することなくその扉を開けた。
「お兄ちゃん、勝手に入るよ」
一応断りは入れるものの、その行動に迷いはない。
自分の部屋だと主張するかのように遠慮なく足を踏み入れる。
実際頻繁に訪れているのだから、自分の部屋とそう変わらない……などと言ったら、ユーリは眉を顰めるだろうか。
部屋の主はベッドの上で動かない。やはり、昼寝をしている。
「ラピード、お兄ちゃん、いつから寝てる?」
「ワフゥ……」
「ついさっき、か。じゃあ、まだ起きそうにないね」
「ワン!」
「大丈夫。ラピードには迷惑かけないから」
「クーン……」
「ホントだってば。安心して」
仕方ないと言うようにラピードは小さく鳴いた。
そのまま部屋を出ていく。
厄介ごとはごめんだというように、自分がいると邪魔になるんじゃないかと遠慮するように。
「ありがとう。ごめんね、ラピード」
かっこよすぎる後ろ姿に声をかけてから、足を進める。
「お兄ちゃん……」
まるでおとぎ話の眠り姫のようだと思う。
起きなければいいのに、なんて思ってしまう。
このまま眠っていればいい。
そしたら、ずっと傍にいる。
いられる。
……本当に?
そんなわけがない。
砂糖菓子よりも甘く、幼子の夢より陳腐だ。
肺の空気をすべて吐き出すように呼吸する。
そして。
「お兄……ユーリ……」
彼の名前を呼んでみると唇が震えた。
自分の声ではないような気がする。
日常が非日常に変わったような錯覚。
踏み込んではいけない領域に片足を突っ込んだかのような、罪悪感と高揚感。
好きなんだ、その名前が。その存在が。
心に鎖が絡みつき離れない。
ただの兄妹にはないどす黒く純粋な気持ちは、アンジェに憂鬱の鉛を落とし込んだ。
「……フレン?」
寝ぼけ眼がアンジェをとらえる。
しばらくして、目が覚めたらしくアンジェの名前を呼んだ。
「アンジェ、来てたのか」
「来てたよ。お兄ちゃん、ラピードが呆れてたよ」
大きな欠伸を一つして、ユーリは起き上がった。
しばらくぼんやりしてから、伸びをする。
「で、何の用だよ」
「そんな言い方しなくてもいいじゃない。可愛い妹が会いに来てるんだから」
「可愛い妹、ねえ」
「何よ。文句あるの?」
返ってきたのは欠伸一つ。
ユーリらしくて、アンジェは肩を竦めた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「ん?」
「何でもないよ」
微かな笑い声を漏らす。
窓から吹き込んでくる風が優しく、けれどとても冷たく感じた。
(2015/08/06)
再up 2017/09/16
[←]