僕のチョコレートを味わってもらってからね
お菓子作りは特技の欄を埋められるほどには自信があった。
好きだったし、楽しかったし、評判も良かった。
だからこそ、向上することもできたのだろう。
今では店を構えることができると声を揃えられるほどの実力を手に入れた。
独学……ではなく、たくさんの師匠がいる。
それも人生経験だと思えば、自分はとても恵まれていると思う。
簡単に言えば「幸せ」なのだ。
結界の外は魔物だらけで、結界魔導器(シルトブラスティア)の中でしか生きられないとしても、それは鳥籠ではなかった。
お菓子作りと同時に短刀の技術を上げたからだと思う。
外の世界から自分の手で材料を集めたかったから。
……という諸々の話はどうでもいい。
何が言いたいかと言うと、本日は待ちに待ったバレンタインだということだ。
いくつもの定番チョコレート菓子を大きめの箱に詰め込んでいる。
世界にたった一つの本命チョコレートだ。
生花を絡めたりぼんの綺麗なラッピングは、まるで誕生日の贈り物のようだ。
これを彼に渡すのだが、あちらこちらに存在するファンクラブに負けたりしないだろうか。
愛情も技術もこれ以上ないくらい詰め込んだけれど。
全部彼に届くだろうか。
完成して最後の一歩を踏み出す瞬間に激しい不安が襲いかかってきた。
自信はあったはずだ。
自分の彼への気持ちも二人の関係性にも。
それなのに拭えない不安が喉元に喰らいつく。
呼吸することを阻むような鋭い牙だった。
逃げてしまおうかと考えていた彼女の視界に彼の姿が浮かぶ。
その瞬間、悩みや不安は綺麗さっぱり消し飛んでしまった。
「フレン、ハッピーバレンタイン!」
差し出した赤い箱にフレンは愛し気な眼差しを向けた。
「ありがとう。君から貰えて本当に嬉しいよ」
「百点花マルの解答だけど、何だか嫌だなあ……」
「何か不満だった?」
「多分ね。何だろう」
「君から合格点を貰うためには、どうしたらいいんだろうね」
彼女はよく文句を言う。
文句というより、可愛い我が儘だ。
その我が儘をフレンは笑って受け入れてくれる。
それはやはり「幸せ」なこと。
彼と出会い、こうして時を重ねていることは、本当に幸せだ。
「君のチョコレートすごく楽しみなんだけど、僕のこれを受け取って貰えるかな?」
フレンが差し出したのは、小さな白い箱。
装飾はされていないシンプルすぎる箱。
「……フレン?」
「その……君にこんなものを渡すなんて失礼以外の何物でもないようなきがするんだけど。君の為に作ったんだ」
受け取ったその箱を開くと、そこにはガトーショコラが入っていた。
相変わらずセンスのある彼は、見た目は彼女の何倍も先を行く。
味覚音痴の彼について行ける自信は無いが、見た目は完璧だった。
「そんな不安そうな顔をしないで。ユーリに貰ったレシピ通りに作ったから。敢えてアレンジした点を挙げるなら、君への気持ちを込めたところかな?」
嬉しいとか幸せだとか、色々浮かんだ感情より先に、愛しの彼氏様は滅んでしまえばいいと思ってしまった。
2016/06/06