渡してもいいですか




冷たいけれど、どこか気持ちのいい風が吹いている。

吐き出した白い息をそれに乗せた。

一人でいると、心臓が強く掴まれる不快感を拭えない。

不安、だろうか。

不意に泣きたくなって、俯きたくなって、足を止めたくなって……。

必死に顔を上げて前を見つめる。

唇を噛んで一歩踏み出す。

心を落ち着かせるように髪を耳にかける。

背筋は伸びているだろうか。

遥か遠くを見つめられているだろうか。

『彼女』は『彼女』でいられているだろうか。

誰も答えてくれない問いかけは、アリーシャの心の中で砂粒となり消えていく。

否、降り積もっていく、が正解だろうか。

一度強く目を閉じた。

そして、開く。

そこにあるのは、輝く世界であって欲しい。

そんな世界へと導いていきたい。

自分にそんな力はないけれど、だからこそ誰かの助力を得たい。

その誰かに当てはまる人物が数人浮かぶ。

その中の一人を浮かべた時、彼女は頭を左右に振っていた。

彼に甘えてはいけない。

近付き過ぎたら、自分は自分でいられなくような不安を感じていた。

それでも傍にいたいと強く願っている自分も確かにいた。

ほんの少しの勇気。

それは彼らと対峙する時よりも、槍を握る時よりも、ずっとずっと怖かった。



***



「……今、少し、構わないか?」


やや歯切れの悪い調子に彼は首を傾げる。

そして、頷いた。


「今のところ十分すぎる程に時間は余ってるよ。残念ながらね」

「それは、残念なのか?」

「残念だよ。誰かに誘われたり、誰かを誘ったりしていない……その、何か、『ぼっち』っぽいから?」

「ぼっち?」

「ひとりぼっちの寂しいヤツってこと」


アリーシャにとっては望んでいた展開だ。

彼が一人でいてくれたこと。

彼が誰かに捕まっていないこと。

彼が誰かを誘っていないこと。

天が味方しているかのような都合よすぎる展開に微笑みつつ、何か裏があるのではないかと疑ってしまう。


「アリーシャ?」

「あ、いや、その……」

「いきなり黙るから驚いたよ。何か悩みがあるのか? 残念ながら、そう頼りにならないけど、力になるよ」


どうやら彼は、アリーシャの用件をバレンタインだと微塵も考えていないらしい。

寂しい。

それがアリーシャの胸に浮かぶ素直な感情。

アリーシャとイベントが結びつかないのか、アリーシャが彼にそのような感情を抱くはずがないと思い込んでいるのか。


「私は……」


両手をぎゅっと握りそうになって慌てて止める。

この手にあるものを潰してしまいそうになったから。

許されるだろうか、個人的なこの感情は。

深呼吸一つして、それを差し出した。



2016/05/29



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