唇で溶かしてから頂戴




静かに雪が舞っていた。

赤い髪の不器用な神子様は不安で泣いていないだろうか。

メルトキオの街を速足で歩きながら、彼女はそんなことを思う。

雪は彼の記憶を赤く染めてしまっている。

詳しい話を実はまだ知らない。

知りたいと思わないわけではないけど、無理に聞き出して過去の傷を抉りたくない。

今を幸せで埋め尽くしたい。

自分にそれだけの力があるとは思わないけれど、できる限りのことはしたい。

相変わらず豪華なワイルダー邸の呼び鈴を鳴らすと足音が近づいてきた。


「ハニー!」


駆け寄ってきたゼロスは華奢な彼女の体を抱きしめ、耳元に唇を寄せた。

恥ずかしいことを堂々とする人間だと不思議に思わずにはいられない。

子どもをあやすような口づけを受けた彼女はようやく口を開いた。


「ゼロス、こんにちは」

「あ、挨拶がまだだったっけ。悪い悪い」


体を離し、ゼロスはお手本のような綺麗な微笑みを浮かべた。

作り笑い、演技、ほどよく置かれた距離感。

けれど、そんなゼロスもゼロスに違いない。


「御機嫌よう、お姫様」

「ふふっ、ゼロスってそういうの似合うから嫌だよね」

「嫌なの!?」

「うん、ちょっと」


がくりと肩を落とした彼は本当に落ち込んでしまったようだ。

人気者に好意を寄せる人間としては、色々思うところがあるんだけれどと伝えたい。

多分、一生口にしないけれど。

恥ずかしくて言葉にはできない。

彼は知らなくていい。

彼女が知っていれば。


「おいで」


二人の距離をゼロスはその三文字で埋めた。

甘い唇だと思った。

思っていたより冷たくなくて、嘘っぽくもない。

彼の本音が見えたような気がした。


「ゼロス、ありがと」

「……何か無駄に照れるんだけど」

「色んな女の子と遊んできたゼロスがキス一つで照れるの?」

「……ハニーだからだって」

「それは喜んでいいんだよね?」

「当たり前」


額をこつんと合わされる。

赤い髪がくすぐったい。


「ねえ、ゼロス。今日が何の日か知ってる?」

「今更俺さまにそんなこと聞いちゃう? ハニーなりの誘い方?」


さらっと流して、彼女は鞄に手を入れた。


「いっぱいもらってるだろうから、かすんじゃうけど、はい」


ピンク色の箱を取り出す。

大好きの気持ちが詰まっているという特典つきだ。


「……!」

「そんなに驚く?」

「だって、もらえるなんて思ってなかったから……!」


どうやら感動していたらしい。

他のお嬢様方にもらっているだろうに、そんな反応をされるとすごく嬉しい。

ココロが満たされていく。

ゼロスを幸せにしたいのに、いつも幸せにしてもらうのは自分だとほんのり不満一つ。


「ゼロス」

「ん?」


この幸せよ、どうかチョコレートみたいに消えてしまわないで。

そう願って頬に唇を寄せた。



2016/03/01



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