ギルド『凛々の明星』が受けた依頼を片付けてくるとユーリは朝から出かけていった。
家事を終えた私は自分の薬指に目をやる。
漆黒に近い紫色の石が光る指輪。
ユーリからもらった今一番の宝物だった。
勝手ににやける頬はいくら叱ったところで、締まるという言葉を知らない。
もう暫くこの幸せを堪能しても罰は当たらないはずだ。
こんな幸福、人生に何度あるかわからな――……ユーリと一緒にいたら、意外と何度もあるかもしれない。
同じくらい厄介事なんかもあるだろうけれど。
幸せを噛み締めるのもいいけれど、そろそろ動き始めなければ。
酒場に務めるようになったから、暇を持て余すということはない。
夜間に働くと言ったら、全力で反対された。
夜間の方が給料良いのだけれど、酔っ払いに絡まれることが嫌だったらしい。
可愛らしい旦那様だと思う。
酔っ払いだって誰彼構わず絡むこともな……あるかもしれない。
最近は常識を落っことした人が多いのだから。
身支度を整え、戸締りをして家を出る。
改めて見る我が家はやはり特別な場所だった。
「おはようございます」
裏口から中に入り、厨房で作業中のマスターに声を掛ける。
ユーリと喧嘩した時から暫く休みをもらっていたから、実は緊張しながらの出勤だったりする。
この酒場の魅力は美味しいお酒は勿論、マスターの手料理にある。
今も仕込み分の美味しい香りが胃を刺激してきた。
「おはよう、カルディナちゃん」
マスターの代わり……ではないと思うけれど、挨拶をくれたのは彼の奥さん。
実年齢より若く見える外見と、悪漢をねじ伏せる腕っぷしが『ギャップ萌え?』らしい。
可愛らしくてしっかりしていて私は大好きだったりする。
憧れで理想の女性。
「今日はマーボーカレーですか?」
「ええ。昨日リクエストしてくれた常連さんがいるの」
「美味しいですよね。マスターのマーボーカレー……」
初めて食べた時の衝撃は今も心に深く焼き付いている。
今まで食べて来たマーボーカレーは何だったのかと疑問に思う程の味だったのだから。
ユーリも大絶賛していたから、間違いない。
世界一のマーボーカレーなのだ。
心からの称賛を送っても鼻で笑われただけだったのも、思い出に変わりつつある。
「さあ、今日は頑張ってもらうからね」
「ご迷惑をかけた分、精一杯働かせていただきます!」
***
客の波が引いた。
少し落ち着ける時間だ。
昼と夜の丁度間くらいの時間。
私の仕事も間もなく終わりだ。
テーブルを片付けていると、ドアベルの音が聞こえ顔を向ける。
「いらっしゃ――」
「よお、カルディナ。ちゃんと仕事してるか?」
「それ、ユーリには言われたくないよ」
「こんにちは」
まさかの『凛々の明星』メンバーがそこにいた。
多分、ラピードは外でお留守番だろうから、後でご飯を持って行ってあげよう。
「今日のおススメは、マスター特製マーボーカレーだけど、どうする?」
三人を席に案内してメニューを渡しながら、そう声をかける。
今日あの絶品料理を食べないでどうする、という軽い脅しが入っているかもしれない。
「じゃあ、ボクはそれで」
「私も」
「オレは……」
「? 何で悩んでるの? 悩む必要ないじゃない?」
私がそう尋ねると、ユーリが笑った。
嫌な笑い方だと頬が引き攣る。
「帰ったら、嫁さんの美味い料理があるから、腹減らしとかないとな」
無言で一発殴ってやった。
2017/08/11
※管理人の前の職場が、朝だろうと昼だろうと夕方だろうと、その日最初に会った時の挨拶が「おはようございます」だったので、それを採用しました。
※飲食店勤務の経験はありませんので、不自然な部分には目を瞑ってください。
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