久々の我が家だ。
嫌な緊張感を携えたまま私はユーリと一緒にその扉をくぐった。
「……思ったより散らかっているのね」
「カルディナがいないからな」
「私がいないと駄目なんだ?」
「当たり前だろ」
そんな言葉が『アタリマエ』のようにユーリの口から飛び出した。
それだけのことが私の胸をギュッと掴み、涙腺をくすぐりに来る。
唇をギュッと強く噛み締め、改めて我が家を見渡した。
ユーリと籍を入れて、私も彼も今まで住んでいた場所からここに引っ越した。
年季の入った古い借家。
憧れの新婚生活のイメージから多少ずれていたけれど、新しい生活に胸が高まったのを覚えている。
少しずつ二人の色に染まっていくこの部屋が大切で大好きだった。
それは今でも変わらない。
帰って来たのだと実感させる。
おかえりなさい、と迎えてくれているような気がする。
「やけに感傷的になってるみたいだな」
「なってません。とりあえず、掃除? あ、その前にラピードに挨拶しないと!」
ユーリの愛犬の名前を呼べば、彼は素直に駆け寄ってきてくれた。
帰ってくるのが遅いとでも言うように、ワンと一つ大きな声で吠えた。
「ごめんね。今日のご飯はとびきり美味しいの作るから、許して」
「ワフゥ!」
「約束だぞ、だとさ」
「うん。約束。ユーリにも美味しいご飯作らせてもらえる?」
「ラピードだけだったら、泣くぞ、オレ」
「そんなわけないじゃない。大好きな人なんだから」
「大好き?」
わざと聞き返してきた。
ここで素直に彼の望む言葉を口にするのは『負け』な気がする。
けれど、今日くらいいいだろう。
負けたって。
「愛してる人だから、だよ」
「当然だ。それ以外の言葉は受け取り拒否だからな」
「ユーリの口からも聞きたいんだけど?」
「仕方ねえな。オレの愛するカルディナ」
「ユーリ!」
彼の胸に飛び込んだ。
そのままポロリポロリと熱い涙をこぼす。
迷子が母親と再会したようなそんな気持ちで。
安心感が大きな空気となって私を包んでいた。
「悪かったな、カルディナ。不安にさせて」
「勝手に誤解してごめん。だって、ユーリはみんなに優しいから……」
「カルディナだけ特別」
「ホント?」
「信じられねえ?」
「ううん。信じる」
彼越しに見る薬指で光る指輪。
約束した。
誓った。
不安に飲まれてなんかいられない。
二人で一緒に歩いていくのだから。
これから先の長い人生を。
「おかえり、カルディナ」
私の頭を大きな手が撫でる。
強くて優しいユーリの手だ。
私の大好きなユーリの手。
「た、だいま。ユーリ」
また一緒に歩いて行けるという現実がたまらなく嬉しかった。
不安なんてもうない。
きっと小さな喧嘩を繰り返す幸せな毎日が始まるんだ。
この時の私はそう思っていた。
2015/12/20
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