※六年後とか言ってますが深く年齢考えてません。






優しく笑うあの人の笑顔は、気がつけば誰かのものだった。





降り積もる死骸に、花束を





「佳主馬くん!」


「…健二さん」



息を切らして走ってきた彼の姿は六年前も今も、恐ろしく変わらない。
本人曰く、身長が伸びただのなんだの言っているが正直、今では僕が見下ろす程だ。


「またそんな薄着で来て」


「今日ちょっと寝坊しちゃって、慌ててたからマフラー忘れちゃった。あ、時間ないから行こう?」


そう言って一歩踏み出した彼の腕を咄嗟に掴めば、振り返り目を丸くした視線がかちあう。


「…今、風邪引いたら大変でしょ」


白く細い、晒された首に外した自分のマフラーを巻いて覆い隠す。


「ありがとう、佳主馬くん」



そう言ってその人はふわり、と笑った。









健二さんは来年、夏希姉ちゃんと結婚する。




正直、映画なんてどうでも良かったけど、この映画は前から健二さんが観たいと言っていたものだ。
時間が中々ないと零していたから「スポンサーからチケットを二枚貰った」なんて口実まで作って。…それでも逢いたいなんて本当馬鹿らしい。

ドリンク二つを持って座った席は劇場のど真ん中。「良い席だね!」なんて嬉しそうに座って予め買ったパンフレットを拡げる彼はとても四歳上には見えない。

ひとつ、ふたつ、言葉を交わしたら照明が落ち、館内をサウンドが響き渡る。
光が交差する暗闇で、僕は健二さんの横顔を盗み見た。



その視界に、彼の世界に入りたいと思ったのは何時だったろうか。


あの夏から六年。
もう六年の月日が経った。

この、数学以外突出したものもない、平凡という言葉が良く似合うこの人を意識仕出したのは…紛れも無い、中学最高学年へと進学する頃。

告白してきたのは特に話したこともないクラスメイトの女の子だった。
嫌いじゃないし、と返したその日、僕に彼女が出来た。

彼女といっても学校から一緒に帰ったり図書館で勉強したり、その程度。
どうにも動作が鈍いその子に苛立って手を繋いで引っ張ったりもした。


その度に彼女は『ありがとう』。そう言ってふわり、と笑う。
同時にしん、としていた胸が響き出す。


これを恋だと思っていた。
否、そう思い込んでいた。

画像がぶれて、誰かと重なるのは知っていたのに。
『佳主馬くん』
そう僕を呼ぶ柔らかさを孕んだ声は、誰のものか知っていたのに。
夏が来れば、何時だってあの人の気配を探していたのに。

付き合いだして暫くした頃、たまたま時間が合った健二さんにチャットで彼女が出来たと報告した。ただ、それだけのつもりだった。


『え、佳主馬くん彼女出来たの?!』


『おめでとう!』


『最近の中学生って凄いなぁ…』


不細工なリスのアバターからぽんぽん、と出て来る吹き出し達。
ウサギのアバターはあっちこっちワタワタするリスを見下ろしながら小さな吹き出しを一つ出した。


『…ケンジさん、おじさんみたいだよ』


『うっ…』


胸元を短い腕で抑えるリスのアバターに小さく笑いが漏れた。
なのに、何故だろう。
このすっきりしない感覚は。どろりと濁った液体が胸や脳を侵していく、この鈍い重さは。
『おめでとう』
そう言って遠慮気味に、嬉しそうに笑うリスに、モニターの向こうにいるあの人が見えた気がした。

ぶちんとOZの接続を遮断する。

ベッドに勢い良く横になれば携帯を出してメモリ画面をスクロール。
カノジョのデータを引きずり出す前に陳列した名前の一つ。小磯健二の文字で指は止まった。

佳主馬くん。

頭の中に浮かんだ声はあの人のものだった。
瞬間頭から冷水が被ったように思考が固まっていく。

なんなんだ、なんなんだ、なんなんだよ。

ざわめきだった胸を落ち着けるように視界を閉ざす。
瞼に映ったのはあの夏の日。
むせ返る様な暑さと、何処までも真っ青な空、優しい風、揺れる朝顔、…遠慮がちな笑顔、隠れた芯の強さの宿る視線、一人の時の寂しそうな表情。
何となく声を掛けてみればば、僕の名前を呼びながら嬉しそうに駆け寄って来るあの人が張り付いたまま離れない。

この想いはなんて名前なんだろう。
家族が、妹が出来た時とも、カズマがキング・カズマとなった時とも、あの一生ないであろう夏の日とも似たような昂揚はするものの、何かが違う。

『佳主馬くん』
もう一度あの人が名前を呼ぶ。


…好き。

ふと何気なく出た自分の言葉がすっと頭を止めてきた思考を熔かして温かく染めていった。
今にも崩れそうなジェンガの隙間を埋めていくように、渇いた地面などないように、すっとそれは収まっていく。
…そうか、僕は、


健二さんが好きだ。


心の中で何回も何回も確かめるように繰り返す。


あの人が好き。
あぁそっか、好きなんだ。僕は、健二さんが。
誰よりも真っ直ぐで寂しがりやな、優しくて臆病なあの人が。

…けど、それと同時に気付いてしまう。年の差という壁は大きくて、更に健二さんも受験生という事もあり長い事会っていない。


「あぁぁ、どうしたら良いんだよ…!」


頬が熱い、気持ちが落ち着かない。
こんなの初めてで、どうしたら良いかなんて知らなくて、枕に唸り声を吸収させてみる。


「…」


勢い良く顔を上げると同時にメール画面を立ち上げた。


『好きな人がいた。ごめん、付き合えない』


『健二さん、今何してる?』


二通のメールを抱えて鋭い目つきのウサギのアバターがOZへと消えて行った。。


追い付きたい。
その一心で勉強も、運動も、健二さんが『佐久間がいて思うんだ。友達が居るって良いなぁって』なんて言うから、苦手だった交流も頑張った。
勿論、キングカズマも不敗。連勝でチャンピオンの座を守っている。世間を騒がせたラブマシーンの効果もあり今ではOZの広告塔。スポンサーも以前とは比べものにならない程付いた。
頻繁に連絡をしたら迷惑だろうか、と時々やり取りを交わすあの人は何時も変わらなくて、そんな事だけで全部が上手くいく気がした。
高校は地元だったものの大学は都内の有名所に合格。それを理由に上京の許可も出た。


念願の東京。…健二さんもいる所。

あの人は大学の勉強も面白くて、バイトも頑張っていると言っていた。
最後のやり取りは、そっちの大学に受かった。一人暮らしの家を見るの付き合って、と到着する時間。自分の事のように嬉しそうに案内すると言ってくれた。

会うのはどれくらい久しぶりだろうか。
学校に行きながらの仕事も忙しく、長期休暇は健二さんがいても中々上田に顔も出せなかったから。


ずり落ちたスポーツバッグを肩にかけ直して、電車を降りる。
確かホームにいる筈だ。
空気は向こうより濁っているのに、距離が近くなっただけで何倍も澄んでみえるのが不思議だ。


「あ、いたいた!佳主馬っ」


ホームにいる人が振り返って見るような、艶やかな黒髪を靡かせた女性が大きく手を振って走って来る。
勿論、名前を呼ばれている段階で他人ではないし、僕はこの人を良く知っている。


「夏、希姉ちゃん…」


「健二くん、忘れ物しちゃったから遅れるって。本当そういう所変わらないよね」


息を弾ませて、綺麗に笑う彼女からは一番聞きたくなかった名前が聞こえた瞬間、心臓が大きく跳ねた。


「あ、でも昨日も久しぶりに佳主馬くんと会えるなんて喜んでたから、宜しくしてやってね?」


もう来ると思うんだけど、そう言って周囲を見回す。

ざわついた人混み中からパタパタと独特な足音が聞こえてくる。
振り向かなくたって、誰だか分かるよ。


「夏希先輩!あ、佳主馬くん、もう着いちゃったんだね」


久しぶりだねぇ、と僕を見た視線はすぐ夏希姉ちゃんに向いてしまった。
遅れてすいません!と頭を下げてから二人が当たり前のように並んで歩き出す。
情けない猫背としゃんとした背筋の二人が視界に映る。

さりげなく健二さんの横について、震えそうになる声を抑えて、聞いた。


「ねぇ健二さん、夏希姉ちゃんと付き合ってるの?」


「え、…うん、そう、なるのかな…あ、でもちょっと前からなんだよ!」


えへへ、と照れ臭そうに死刑宣告が返ってくるなんて分かっていたのに。






……―佳主馬くん、佳主馬くん。そろそろ出ようか」

はっ、と我に返る。
気が付けば館内は明るくなり終了のアナウンスが流れていた。周囲に人はいない。



「でも何かOZ以外でこうやって話すの久しぶりだね」


場所を映画館から移動して、近くの喫茶店に入る。
ストローを使ってアイスティーを美味しそうに飲みながら、話すこの人の笑顔は変わらない。

だから、どうか、どうか、この痛みが優しいこの人に伝わりませんように。



「―…まだ言ってなかったよね。結婚おめでとう、健二さん」


僕は、この人と同じ世界に存在出来てるだけで幸せなんだから。

笑ってくれれば良い。怒ってくれれば良い。
でも、出来るなら泣き顔は見たくないから。




「ありがとう、佳主馬くん!」


だから、精一杯の好きを込めて伝えます。

(そんなの、攫いたくなるでしょう)



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