▼ 許した女とそれを知らなかった男の末路
「苗字」
「なに、赤司くん」
赤司征十郎がバスケ部に入って異例のキャプテンになったというのは知っていた。そのせいでクラス全員が赤司征十郎を特別視している。
正直気持ち悪い。わたしの中学時代を知っている可能性のあるやつは、総じて気持ち悪い。
さて、そんな赤司征十郎がわたしなんかに何の用事だろう。
クラスで赤司征十郎と話したことのある女子自体皆無に等しい。
ならば、なんだ。中学時代のお話か。
「…ちょっと付き合ってほしいところがあるんだけど、いいかな」
クラスの視線が痛い。結果報告しろよ、とでも言いたそうな無責任な視線に苛立ちながらも、わたし自身ほんのちょっとだけ赤司征十郎に興味があったからついていくことにした。
屋上へと連れていかれると、赤司征十郎はわたしと向き合った。端正な顔を真正面から見るなんてわたしには出来ないので、さりげなく顔を反らせる。
「キミ、帝光だったよね」
「…知ってたの?」
「まあね。キミ、黄瀬の応援しに来てたろ」
「言っておくけどファンなんかじゃないよ、付き合いで行ってただけ」
「友達の、かい?」
「元友達。ここ来てること誰にも言ってないし携帯も変えたから」
ひらりと手を振りながら言ったら、赤司征十郎は驚いたように少しだけ目を丸くする。
まあ確かにわたしみたいな人間は珍しいだろう。
「赤司くんは、帝光のときと変わったよね」
「へえ。なんでそう思うの?」
「自己紹介のときに、周りにいい印象を与える努力をしなかったよね。わたしの印象と違ってたから驚いた。まあ、少しだけ無理をしなくなったみたいだから、いいんじゃないの」
「キミ、もしかして僕のファンだったり」
「しない、勘違いしないで。わたしは何もいらないの」
「…ふうん?」
何もいらない。
永久的な友達なんていらない。
わかったような顔をして群がる人間なんていらない。
なんでも悟っているように賢く振る舞う人間なんていらない。
みんな、頭が悪いから。
「その場かぎりの人間関係でいい、他はいらない。邪魔だから」
「理由は聞いてもいい?」
「わたしのことをわかったような顔して近づいてくるやつが嫌いだからだよ。利口ぶったやつも嫌い、おしゃべりなやつも嫌い、かっこつけたやつも嫌い」
「性格悪いね、と言いたいところだけど、同感だよ。キミは面白いね、手を組まないかい?」
「いいよ。わたし、赤司くんなら仲良くなれそうかも。ほどほどによろしく」
そうして握りあった手はお互いに温度なんてなかった。
赤司征十郎の、何かを諦めたような目が好きだと思った。
20120828
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