▼ 瞼の裏に寄生
制服のまま街をうろうろしているうちに、あっという間に日が暮れてしまった。
ああ、征十郎がいないとわたしは本当になにも出来ないんだなあ。実感すると、自分の情けなさに涙が出てきた。悔しくて携帯の電源を切る。
「…このまま、死んじゃおうかな」
「出ていってくれないか」
あの時、綺麗な形をした眉が歪んでいた。
わたしが歪ませてしまった。
…わたしが征十郎を傷つけ、た?
あんな、神様が愛をこめて造り上げたような、完璧な征十郎を。
とんでもない間違いを犯してしまったような心地がして、息が詰まる。
「死にたい」
ポツリと呟いた瞬間、頭に温もりが降ってきた。
「ダメっスよ」
見上げると、そこには眩しいばかりの黄色が広がった。
瞼の裏に寄生
「俺、部活終わったあとも少し残ってたんで、良かったっス」
「黄瀬くんありがとうね。独り暮らしなんだ?」
「仕事初めてからはこっちに寝泊まりすることが多くなったっスね。合鍵あるんで、良かったらどうぞ」
「え!いいの?彼女とか…いるんじゃないの……?」
「…いないっスよ。みんな、モデルと付き合ってるってステータスが欲しいだけなんス」
聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がした。黄瀬くんがあまりにも悲しい顔をしたから。
慌ててごめんと言うと、困ったようにはにかまれる。
優しい黄瀬くんはどうしてわたしがあそこにいたかを聞いてこない。それがとても嬉しくて、黄瀬くんには元気を出してほしいと思った。
「たとえ黄瀬くんがモデルをやっていなくても、黄瀬くんはすごく魅力的な人だと思うよ」
そう言うと、また困ったようにはにかまれてしまった。
きっと、黄瀬くんの考えていることはこんなところだろう。
「俺はどうせ顔だけ――そう思っているでしょう。そんなことないのに」
「名前っちはエスパーっスか…」
「わたしが黄瀬くんのことうらやましいと思ったのはね、黄瀬くん、とっても楽しそうにきれいに笑うの。それに、驚くほど素直。自分の感情を表すのが得意なのかな。本当にうらやましい」
「…そんなことないっス。笑顔だって毎日練習して作ってるし、今だって名前っちを前にして全然俺の気持ちを伝えられてないっス」
しょんぼりと話す黄瀬くん。そこがまた女の子たちのハートをくすぐってるの、気づいているのかな。
黄瀬くんに群がる女の子たちを思い出して、また少し泣きそうになった。でも、いいんだ。わたし、もう学校には行かないから。と、内心で決意してみる。せっかく誘ってくれたのにごめんね。
「偽物だっていつかは本物になるよ。ねえ、黄瀬くん。黄瀬くんは練習してようやく身に付けたものを偽物だと思う?」
「…思わないっス」
「そう、それと一緒。黄瀬くんはわたしと違って愛される人間なんだから、立ち止まってちゃダメだよ」
「名前っちだって愛されてるじゃないっスか」
「だれに」
"愛"という言葉に反応してしまったせいか、少し声が荒くなってしまった。それに気づいたのか気づかなかったのか、黄瀬くんはにこりと笑ったあと、「俺に」と言う。
わたしが切望していた言葉をこうも簡単に言ってくれちゃうんだ。
「…愛してるって言えば簡単に落ちると思った?」
「ちがっ」
「当たりだよ」
さみしいやつだなって笑ってよ。
20120815
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