▼ その瞳に取り憑きたい
僕は変わりたくないから変わらないままでいたのに、彼女だけいつの間にか前へ進んでいるような気がして、どうしようもない疎外感に包まれた。
ずっと一緒だと思っていたのに、それは僕だけだったのかな。
「学校って楽しいね」
「………え?」
「みんな優しい子だったよ」
「…名前は、僕が間違ったことを言っていたと言いたいのか?」
思わず凄んでしまったらしく、名前は怯えてしまった。
「ち、違うよ!わたし、征十郎の言うことなら全部正しいと思う」
「ほんとう?」
「うん、本当だよ」
僕はその言葉をすがりつくように信じた。
僕は正しい。
正しくなければ僕ではない。
…僕は、なに?
その瞳に取り憑きたい
「じゃあ、気を付けるんだよ。復習はちゃんとやったね?」
「うん。征十郎に教わったところは全部やったよ」
その言葉に安心してにこりと笑うと僕は教室を出た。
このままではいけない。
このままでは名前はきっと誰かのものになってしまう。
その前に、手を打たなければ。
「最近学校に来始めた隣のクラスの引きこもり、チョーシ乗ってない?」
「!」
ふと、通りすがりの女子生徒の言葉が耳に入った。
いつもだったら名前へ悪影響を与えるものは排除するのだが、これはもしかしたら好都合なのかもしれない。
どうやら黄瀬は(腹立たしいことに)名前によくなついているらしく、そして、一部の女子はそれをよく思っていない。
これを利用しない手はない。
手放すわけにはいかないんだ。
名前は僕の"絶対"なんだから。
「…どうしたの赤ちん。ヘンな顔してるよー」
「そうかな。少し、やることが出来たんだ」
「赤ちん楽しそうー」
「楽しそう…?ああ、楽しいね。すごく楽しいよ」
すべてが終わったら名前を二度と僕から離さないようにするために一からやり直さなければ。そしたらきっと二人だけの楽園が作れる。
黄瀬に渡してたまるものか。
名前は僕のものだ。
本当は縛り付けて一生閉じ込めておきたかったけど、それをしなかったのは僕が名前を愛しているから。生まれてから今まで誰にも何でも負けたことはないが、これだけはよりいっそう誰にも負けない自信があった。
こんなに愛している僕が間違えているはずがない。
正しい僕からは名前は離れることはない。
――ああ、確信がほしい。
20120814
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