▼ 色鮮やかに薄れゆく
「わたし、学校に行ってみたい」
今まで気づきあげてきた総てが壊れる音を聞いた。
一体なぜ?
順調だったはずだ。
僕は何も間違えていなかったはずだ。
それなのに、なぜ?
「名前は学校なんかに行く必要はない。なにか不都合でもあったのか?」
「普通のことをやってみたいの」
「ずっと学校に行かなかった名前が好奇の目に晒されることは僕にとって不本意だ」
「大丈夫、頑張ってみるから。お願い」
僕の両肩に手を置いて懇願する名前。
今までこんなことはなかったのに。
結局断りきれなかった。
色鮮やかに薄れゆく
「ね、赤司くんと歩いてる子誰?」
「初めて見る子じゃん?転校生?」
さっきからずっと生徒から噂の的になってびくびくしている名前に「僕がいるよ」と耳打ちしてやれば、繋がれた手をさらにぎゅっとされた。たまにはこういうのも悪くない、と思うのはやっぱり僕が名前に甘い証拠だろう。
名前の教室へ一緒に入り、ホームルームが始まるまで傍にいることにした。
どうやらこのクラスには黄瀬がいるらしく、一つだけプレゼントまみれの席がある。
(…名前の隣、か)
本人は仕事の関係からか、まだ教室には来ていない。関わってほしくないなと思い、「僕は隣のクラスだから、何かあったら、いや、何もなくてもおいで」と言っておく。名前にとってはこの空間にいるだけでもずいぶんと堪えているだろう。
「またあとで」
「うん」
ホームルームが始まるのでそこを離れると、黄瀬と入れ違いになった。
黄瀬の目がいつもより輝いているのは、らしくもない僕の勘違いに決まっている。
なあ、僕だけの名前。
20120812
prev / next