▼ 喉を潰して花を摘んだら
「あなたを、もう離さない」
「涼太くん…」
「ごめん、寂しい思いをさせて。もう大丈夫、あなたのお姉さんは俺が説得したっス」
「ありがとう涼太くん…愛してるわ」
今をときめくアーティストの歌をBGMに、薄型テレビの向こうにいる美男美女は唇を合わせた。
いいなあ…。なんて思ってみるものの、わたしなんかがこんな恋愛出来るはずがない。夢を見るだけで十分なのだ。
今をときめく人気モデル黄瀬涼太なんて、わたしの世界にはいない。
――わたしの世界にいるのはいつだって赤司征十郎、ただ一人なのだから。
喉を潰して花を摘んだら
征十郎が学校に行っている頃、わたしはスーパーに来ていた。キャベツが安くなっているのだ。征十郎は金遣いを惜しまなくてもいいと言ってくれていたが、やっぱり安いものには弱い。
征十郎はわたしがお洒落をするのを嫌がっているので、わたしは無地の赤いTシャツにベージュの七分のパンツ、赤いサンダルで外へ出た。
スーパーには主婦しかおらず疎外感があるので何回来てもいたたまれない。しかし、意地でもキャベツを買いたかったので我慢をする。買い物カゴにキャベツを入れて、ついでにトマトチャウダーの缶詰めも入れた。今晩はロールキャベツにしよう。
「―――あれ?」
スーパーを出て歩いていると、見慣れた制服が目に入った。征十郎がいつも着ているものと同じということは、彼も帝光生なのだろう。この時間にいるということは遅刻かなあ。ぼんやりとそんなことを考えながら彼を見ていると、彼はふと顔をあげて、わたしは気づいた。
黄瀬涼太だ。
彼の方もわたしに気づいたのか、にこりとファンサービスをしてくれた。彼はサービス精神旺盛みたいだ。わたしはそこまでファンというわけでもないのだが、一応お礼を言っておいた。
「学校頑張ってくださいね」
「あれ、あなたも学生じゃないんスか?」
「ん、一応そうだよ。行ったことはないけど」
あれ。
黄瀬くんと話してみて思ったのだけど、そこまで外の世界は怖いことでいっぱいというわけでもないのかな。
征十郎が間違っていることを言うはずはないとわかっていたが、疑問に思った。
「じゃあ、行ってみたらどうっスか?きっと楽しいっスよ」
「励ましてくれて嬉しいけど、わたしには無理だよ」
「そんなことないっスよ!どこ中っスか?あ、ていうか名前教えてください!恥ずかしい話、俺、女の子の友達いなくて…ていうか、友達だと思ってた子から急に告白されたりっていうのがよくあって………あなたなら仲良くなれそうかな、と、思ったんス、け…ど」
後半になるにつれてしどろもどろになっていく黄瀬くんを見て、なぜ彼が人気なのかわかった気がした。
「わたしは名前。黄瀬くんと同じ帝光だよ」
「!名前…!同じ、同じクラスっス…!俺の隣の席の子、いつ来るんだろうなってずっと考えてたっス!」
「そうなの?嬉しい」
「連絡先、交換していいっスか?」
「いいよ」
征十郎とお揃いの携帯を取り出すと、黄瀬くんは少しだけ驚いたように見えた。待ち受けは入学式のときに玄関で撮った征十郎のバスケットシューズだ。
どうやって交換するの、と聞いたら勝手にやってくれた。
交換したあとに、黄瀬くんは真面目な顔をしてわたしに質問をする。
「赤司っちとお知り合いなんスか?」
わたしは答えた。
「そうだよ」
20120812
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