▼ 終わり亡き日々
「お前はただ僕だけの命令をこなしていればいいんだ」
まるで暗示をかけるかのように愛しい女の子に言い続けてきた言葉。
優しくて素直なかわいい女の子だった。穢れを知らない女の子だったから誰かに穢されるのが嫌で嫌で仕方なくてずっと手元に置いておきたくて、両親に無理を言って家に置いてもらった。
そして中学校に入った時点で独り暮らしをさせてもらった。正確には二人暮らしだが。
一応義務教育なので、名前も籍だけは帝光に入っている。勉強は僕が教えているので、同年代のやつらに劣ることはないだろう。
名前はこの歪な日常を受け入れている。
僕を受け入れてくれている気がして無性に嬉しかった。
終わり亡き日々
「ただいま。名前、いい子にしてたかい」
部活が終わり帰ってくると、名前は習慣のようにぱたぱたと駆けつけてくる。
一度も染めたりパーマをかけたりなんかしていない綺麗な黒が揺れながら近づいてくるのを見て、思わず笑みが溢れた。
「おかえりなさい。もちろん。今日は天気が良かったからついでにお布団も干しちゃった」
にこにこと報告をしてくる名前を見ていると、今日一日の疲れが吹っ飛ぶようだ。問題児ばかりのメンバーを思い、名前にバレないようため息を吐く。
「ありがとう。今日の夕飯は?」
「征十郎が昨日食べたいって言ってた秋刀魚だよ」
「覚えていてくれたんだ、ありがとう。汗をかいたからお風呂に入ってから食べるよ」
「えへへ。待ってるね」
照れ臭そうに顔を弛めて笑う名前を今すぐどうにかしてしまいそうだったので、僕は足早にお風呂に向かった。
――綺麗なものは嫌いだ。汚したくなる。
昔、名前の描いた絵を真っ黒いクレヨンで塗り潰したことがある。そのときの名前の驚いた顔はとてもかわいかった。続いてその大きな二つの目からぼろぼろと溢れ出す涙を見て、俺はこの上なく高揚したのである。
ずっと名前と二人でいたい。
名前のすべてを独占したい。
そのために打てる手はすべて打っておいた。
名前には外の世界への興味を無くさせて恐怖心を備え付け、名前のクラスメートにはただの引きこもりだと伝えてある。これで誰かが名前に近づくことなんかないし、そもそも名前がそれを拒否している。
熱いシャワーを浴びながら、僕は一人微笑んだ。
20120812
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