春。俺は烏野高校へ入学した。
 理由は簡単、学ランが気に入ったからだ。単純だって言った奴表へ出ろ、顔面に先輩直伝のサーブ打ち込んでやる。

 真新しい環境ということで友達が出来るか不安だったが、入学式のときに教頭のカツラに気づいたお陰で近くに座っていた数人と仲良くなることができた。カツラの話題ってみんな好きだよね。
 そして、待ちに待った部活動!と言いたいところだが、俺は特に入りたい部活がない。飛雄とは、俺が退部してからなんとなく疎遠になってしまった。


「どーすっかなあ」

「アッ」

「ん?」


 声がしたのでちらりと視線を横へずらすと、先輩らしき人物が立っていた。面識はないはず。


「君、バレー部志望?」

「いや、特に決めてないです」

「エッ」


 …いや、エッて何。俺バレー部に何か因縁でもあるの?


「君、大会出てたよね?」

「はい、一応。えっと、先輩のお名前は…?」

「あ、ゴメン。俺は菅原孝支。バレー部の副主将やってるんだ」

「俺は夜久結弦って言います。たぶんこの調子でいくと帰宅部エースって感じです。よろしくお願いします」

「帰宅部になるの?バレーすごく上手かったよ」

「どーも。嬉しいですけど、俺にはもうバレーはできないと思います。では」


 トラウマ、と呼ぶほどのものではないが、それに近いような感覚を持っている。

 必要とされていないような感覚。
 自分がまるで透明になってしまったかのようなイメージ。

 “本物”を見てからずっと渦巻いていたどす黒い悪夢は、俺からバレー部を奪った。


「バレー部、ねえ」


 飛雄は今頃どうしているのだろうか。









「ツッキー、一緒にお昼食べよう!」

「え…結弦と食べる予定だったんだけど」

「え、結弦ってあの結弦!?」

「いやどの結弦だよ」


 思わずツッコミを入れてしまったが、誰だこいつ。黒髪のなんの変哲も特徴もない男子生徒をまじまじと見ると、なぜか顔を反らされた。…耳真っ赤なんだけど。


「えーっと、はじめまして。月島の隣の席の夜久結弦。よろしく」

「お、俺は山口忠!好物はふにゃふにゃになったフライドポテト、です!」

「ぷっ、別に畏まらなくてもいいよ!同学年っしょ」

「そうだよ山口、カッコ悪い」

「ひどっ!」


 昼食を広げながら話していると、どうやら二人はバレー部に入るらしい。俺のバレー部とのエンカウント率なんなの?
 そして、また話を聞いていると、山口は不思議なことを言い出した。


「俺を尊敬?えっ?」

「あの影山のトスについていけるってすごいよ!」

「…別にそんなすごいことやってるつもりはないよ」

「ね、バレー部いつ入るの?」

「俺バレー部決定なの?」

「え、入らないの?」

「月島まで…。俺をそんなにバレー部に入れたいのかお前ら」


 菅原先輩といいお前らといい、“偽者”のどこが良いんだか。
 ため息を一つ吐くと、俺は箸を二人の方へ向けた。月島に「行儀悪っ」と呟かれたのは聞こえないふりだ。


「バレーは好きだけど、バレー部には入らないよ、俺は」

「なんで?最後の大会も出てなかったよね?」

「バレー部止めたからね。詳しくはWebで!」

「なんでだよ!」

「山口ナイスツッコミ」

「嬉しくないよ!」


 山口、意外と面白いかもしれない。


「今バレー部に入部出来ない奴が二人いるんだけどさ」


 苺ミルクを飲んでいた月島がぽつりと口を開くと、山口は「ああ!」と嬉しそうに叫んだ。


「日向と影山でしょ!ある意味すごいよね」

「…は?」

「日向と影山っていう一年がちょっと問題起こしたらしいんだよね。影山って同中でしょ?一緒に入らなかったんだ?」

「最近話してないしね。同じ高校だったんだー」

「喧嘩?」

「………」

「“王様”は結弦まで置いてったんだ?」

「別に、置いてかれたわけじゃ」

「あんなに頑張ってたのにね。報われないでしょ、それじゃあ」


 月島の言うことはあたっている。
 だから何も言い返せない。

 それでも飛雄を庇おうとする俺はなんなんだろうね。
 報われないでしょ。そうだね。


「ま、うじうじしててもしょうがないから、何かあったら言えば?聞くくらいならしてあげる」

「うっわ、上から目線ー」

「ツッキーは188cmあるんだよ!」

「いやそういう意味じゃないんだよ山口…」


 呆けてるのか天然なのか。
 …後者だな、これは。

 月島の初めてのデレ(わかりづらい)を受けて俺は少し気分を良くする。
 今度、月島に甘いものでも奢ってやろうと思いながら、俺は机にうつ伏せになった。



20130215

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