初戦は様子見ということで俺は試合を見ているだけだった。結果は余裕で、俺は温存かあ、とコートを眺める。さすがにみんな上手い。防御こそ粗が目立つけれど、猫又監督が言っていた通りに攻撃は中々のものだろう。本気で喜んでいる"本物"もチームのみんなも眩しくて、とってもきらきらしている。 俺もあんな風に喜べただろうか。いや、無理だ。俺は"偽物"だから。俺が出来るのはただの点取り合戦。そこに感情はないから。 「凄かったなァ、烏野。とくにあの小さい10番にはビビった!」 エキストラの声がやけに頭に響く。それに嬉しそうににやける"本物"にも吐き気がする。俺はそこには立てやしないのに。「あの北一の結弦を温存してるってヤバくないか!?」なんて雑音は掻き消したい。俺は大した選手じゃあない。君たちが思っている"天才"はもう死んだ。太陽の前では電灯なんて暗んでしまうのと同じこと。 「――2回戦目のスターティングは月島と夜久をチェンジ、それ以外は1回戦時と同じで行く」 大丈夫だ、まだ及川先輩との試合じゃあない。 俺はうるさい心臓をジャージごと握りしめて深呼吸をする。ゆっくり呼吸をすることは平常心を取り戻す上で大事なことだと及川先輩にもっともらしく言ったときに「うん、そうだね」と笑ってくれたから俺は取り乱さない。及川先輩は優しい。俺の下心に塗れた言葉たちも温かく受け入れてくれる。決してその先へは立ち入れはしないのだけど。 こんなのは不毛だ。知っている。でも、俺は及川先輩に必要とされたい。 「……ちょっと電話かけてくる」 「分かった。早めに戻って来てね」 月島に声をかけたあと、スマホを取り出してラインを開く。俺は駄目なやつだからしゃんとしないと。 黒尾鉄朗、と表示された名前に縋るような気持ちで通話をかける。何コールか経ったあと、少し心配したような「もしもし」が聞こえてきた。彼の声は耳に心地よくて好きだ。 「……これからバレーの試合なんだ」 その一言で全てを察してくれたクロはフッと息を漏らして笑った。あのどこか浮き世離れした、神々しいそれ。俺はクロの何だろうか。背骨?脳?心臓?――いいや、そんなたいそうなものではないことは俺が一番よく知っている。 「結弦、何も考えるな。ただ勝つことだけを考えるんだ。落ち着いて、丁寧に。そうすればお前は無敵だよ」 「……勝ったら、及川先輩に褒めてもらえるかな?」 「ああ、きっとな」 「ありがとう、クロ。行ってくる」 行ってこい、とクロが言う。俺はこれで戦える。 俺は俺を受け入れてくれる人がいないと生きていけない。酸素が薄くなったように息苦しくなるのだ。だからこれは綱渡りのようなもの。いつ見放されてしまうか分からないんだもの、ね。 ――勝たないと。 俺の唇は緩やかに孤を描いた。 20150108 |