いつものように部活が終わると、顧問が「清水さんから!」とみんなを呼び止めた。注目を浴びるのは得意ではないようで、頬を少し染める潔子さんは、なにやら準備を始めた。がさごそと何かを取り出しているのだが、その紙袋には見覚えがあった。先日俺が無理矢理運んだものである。そうか、サプライズのためのものだったのか。 ギャラリーへとあがり、顧問と大きな布を広げた。 そこにはただ一言。飛べ、と書かれていた。 「‥が、がんばれ」 潔子さんが照れたのを隠すように一生懸命に言った言葉に、俺は事の重要性を思い知る。みんなは勝つためにたくさんのものを懸けてきた。一生懸命にバレーに打ち込んだ。 感動してしまった先輩たちはついにみんな泣き始めてしまい、月島が慌てているのが面白い。 それを、俺はどこか他人事のように眺めていた。 ▽ 翌日、6月2日。 全国高等学校総合体育大会バレーボール競技宮城予選一日目。 「月島、山口。おはよう」 「おはよう、結弦」 「相変わらず眠そうだね」 眠い目を擦りながらようやく集合場所へ着いた俺は真っ先に月島と山口のところへ行く。月島といると影山が来ないから良い。もちろん月島は俺の数少ない友達である。 体育館へ着くと、さっそく烏野高校の悪口を言われているのに出くわしてしまった。しかし、そこは流石と言うべきか、みんなの気迫にビビってしまっているようだ。みんな柄悪すぎである。 ――堕ちた強豪、飛べない烏。 相手が油断していれば油断しているほど食いやすいというのにね。 東峰先輩は外見だけワイルドなので、その見た目にそぐわない噂が流れていて中々面白かった。噂によると東峰先輩は五年留年しているらしい。それはさすがに都市伝説の類だろう。 烏野には有名人が多く、西谷先輩や影山も周りに噂をされていた。まるでサーカスだ。俺は中学時代に及川先輩にひっついてばかりいたから名前だけ有名だ。しかしサービス精神が足りないため、及川先輩みたいに女の子と一緒に写真を撮ったりなどは出来なかったし、及川先輩がファンサービスをしているところはなるべく目を背けてきた。余談である。 体育館へ入ると、伊達工業のチームと鉢合わせしてしまった。にろ先輩がウインクしてくるんだけどどうしよう。 青根くんが東峰先輩をロックオンしているのをちらりと見ながら、長身ばかりの選手を押し退けて主将である茂庭さんが注意しているのを見て大変だなあと思った。 「おい二口手伝えっ」 「はーい。すみませーん、コイツ、エースとわかるとロックオンする癖があって‥」 一見人好きのする笑顔を見せるにろ先輩だが、性格は良くない。「今回も覚悟しといてくださいね」と告げたのがいい証拠である。 そして自由な性格なのか、ふと思い出したように俺に話しかけてきた。 「あっそうだ! 結弦、今度空いてる日教えてよ。洋服買いに行きたいんだよね」 「茂庭さんも来るなら良いですよ」 「俺だけじゃ不満なのかよー悲しいなー」 「‥何人でも構いませんけど。そろそろ行かないと茂庭さん怒っちゃいますよ」 「ゲッ。じゃあまたね。あとでライン送る」 爽やかな笑みを浮かべて去っていったにろ先輩は多分モテるんだろうな。性格悪いから自分のこと隠すのが上手そうだし、騙すのだって得意だろう。顔もいい。ファッションにも興味があるからセンスもありそうだ。影山とは正反対。でも、影山は天才だ。 コートにおいては見た目とか評判とかは意味を無くし、勝敗だけが全てになる。不思議なことだといつも俺は思う。 「まさか今の伊達工の奴と知り合いなのか?」 「そうですね、先日カラオケに連れて行かれました」 「お前って本当に何なの」 田中先輩が訳が分からないといった顔をしていたのだが、その言葉は良くなかった。俺が何かなんて、俺が一番知りたいよ。 そう思い俯こうとした瞬間、背中を強く叩かれた。 「――結弦は結弦だろ! なっ!」 眩しい笑顔で俺を覗き込む西谷先輩の言葉は力強い。俺のもやもやした気持ちがあっという間に消えていってしまった。 「入ったばっかでまだ慣れないかもしれねーけど、ウチには頼れる仲間がいっぱいいるんだ。何も背負込むことはねえ。ねっ、旭さん!」 「ああ、もちろん」 「‥はい。信じています」 及川先輩の「信じているよ」には妙な力があった。脅迫のような、信仰のような何かが。 俺は及川先輩みたいになりたいから。 「‥空気が変わった‥?」 烏養監督が空気が変わったことに気づいたようだが原因までは分からないだろう。だってこれは及川先輩の魔法の言葉なんだから。 俺は静かに微笑んで目を閉じた。 20141225 |