俺のバレーには、パワーはない。テクニックとスピードに特化しているが、それだけだ。さすがに女の人に比べれば力はあるが、筋肉がつきにくい体で、俺の体は頼りない。 及川先輩みたいになりたくて筋トレは続けているものの、成果はあまり出ていないのが悔しい。ランニングは部活内だけのものでは足りなかっただろうか。 もっと頑張らなきゃ、及川先輩みたいになれない。もっともっと頑張って、もう駄目だと思っても頑張って頑張って頑張らないと、俺みたいなやつは駄目なんだ。もっと、もっと――。 「――大丈夫?」 「!」 柔らかい声に気づき振り返れば、そこには心配そうな顔をした男が立っていた。 「‥大丈夫、です。すみません」 初対面の人に心配されるほどの形相をしてたのか、反省しないと。いつも笑ってないと、及川先輩みたいになれない。 それでも俺の言葉に信憑性がなかったのか、その男は眉を下げたままだ。 及川先輩が卒業してから二年間、俺が必死で被ってきた面が役に立つよ。 「ていうかナンパですか? 悪いですけど俺、男なんですよね」 「知ってる! あー! 人が心配してやったのに何だこいつ!」 「ありがとうございます。お名前聞いても良いですか?」 「二口堅冶。数字の二に口でフタクチ」 「‥カタカナのニロみたいですね。にろさん」 「なにそれ!」 「ちなみに俺は夜久結弦って言います」 「エッ」 結弦は知らない。 先日見た月刊バリボーのウシワカ特集の効果で自分の名前が知れ渡っていること。 ――そして、ウシワカは結弦を好きだという噂が密かに広まっていて、二口たちがその話で盛り上がっていたこと。 「なんですか、そのエッて」 「‥夜久、結弦? ウシワカの子‥?」 「なんですかそれ。若くんの話はもういいですよ」 「若くん!?」 ▽ 「いやー、まさか本物の夜久くんに会えるとはね」 「いつまでそれ言ってんですか、にろ先輩」 「フタクチ! ‥まあ、いっか。で、何で夜久くんはあんなに思い詰めてた顔してたの?」 「‥俺、バレー上手くなりたいんです。なのに、パワーがないから」 及川先輩のトスで点を決めたい。 それにはパワーが必要だ。 岩泉先輩も引き離すような、パワーが。 「それで体壊したら元も子もないでしょ、オーバーワークしたらどうすんの。気分転換でもしようよ、カラオケとかさ」 「‥俺、音痴なんですけど」 「いいよいいよ! 俺の友達も呼ぼうか?」 「え‥」 「大勢の方が盛り上がるし、俺だけ夜久くんと仲良くなったらみんなに羨ましがられちゃう。ね?」 多少強引に迫られても不快感を与えないところはにろ先輩の長所なのだろう。さっそくスマホで連絡を取り始めるにろ先輩を、俺は仕方ないなと見つめた。 気分転換をしたら、俺は練習をとにかく増やすだろう。 それでも、にろ先輩にこれ以上心配をかけたくないし、思いつめた顔を見せたくもなかったから、これはきっと、俺の自己満足に過ぎないのだろう。 巻き込んでごめんね、にろ先輩。 20140722 |