「「あ‥」」

 烏野バレー部のマネージャーである清水潔子さんと鉢合わせしたのは、ほんの偶然だった。なにやら重そうな荷物を持っていたので手伝いを申し出たのだが、小さな声で断られてしまった。田中先輩と西ノ谷先輩だったら、そんなところも素敵です、とでも言うのだろうか。

「うーん。でも、重そうですし、俺が持ちます。このあと用事ないし、女の人に重いもの持たせられないんで」
「‥でも、」
「中身見ないですし、荷物持ち程度に思ってください。これから俺のこともサポートしてくれるんでしょう? 持ちつ持たれつ、です」
「それなら、よろしく」
「ありがとうございます」
「‥変なの」

 清水さんは照れているのか俯いてそう呟いた。
 女の子には優しくするものだ、と及川先輩は言っていたし、優しく接していたのを何度も見たことがある。から、俺も優しくするだけだ。

 潔子さんと歩いて着いた先は、なんと潔子さんの自宅だった。どうやら潔子さんを自宅へ送り届けてしまったらしい。まあ、でも、ここまで来れば荷物は大丈夫か、と思い、そろそろお暇しようと顔を下げれば、潔子さんは口を開いた。

「お礼に夕飯食べてって」

 え?

 目が点になる俺を余所に、潔子さんは「荷物持ちありがとう、そのお礼」と仰った。ここで断るのも潔子さんの顔を潰してしまうような気がして、「ご両親とかに迷惑をかけてしまいませんか?」と遠回しに言ってみたところ、大丈夫らしい。むしろ大歓迎だそうだ、特にお父さんの方が。完璧に死亡フラグです、どうもありがとうございました。悪い虫か判断しようとしているのが丸わかりだ。

 早速玄関に通されて潔子さんのお母さんに「ようこそ、ゆっくりしてってね」と歓迎され、リビングへ通される。ここにきっといるんだろうなあと覚悟を決めたあとにゆっくりと足を踏み出すと、まだ若々しい男の人が俺―正確に言えば俺の頭―を指さして絶句した。その隙にちゃっかりと自己紹介をさせていただく。

「はじめまして。潔子さんの後輩の夜久結弦です。いつも潔子さんにはお世話になっています。今日は夕飯をご馳走していただくということでありがとうございます」

 畳みかけるように言えば、潔子さんのお父さんは「お、おう」とだけ言ったあとにショートしてしまった。潔子さん愛されてるな。

「夜久くん。お父さんも、ご飯出来たよ」
「お父さんはついでなの?」

 ‥思春期の娘を持って悲しいんだろうな。

 清水家の食卓は普通に温かくて楽しかった。潔子さんもどことなくいつもより雰囲気が柔らかい気がする。

「夜久くんの舌に合うかしら?」
「はい、とてもおいしいです。このオムライス、どうやって作るんですか?」
「あら! お料理するの?」
「恥ずかしながら、少しだけ。お菓子ばかり作ってまして」
「まあまあまあ! どういったのを作るの?」
「そうですねー、ティラミスとかチーズケーキとか、あとマカロンも作ります」
「潔子はそういうのバレンタインにしか作らないから、良かったら私にも味見させてね。ふふ」

 茶目っ気たっぷりなお母さんだ。
 潔子さんはお菓子を作るタイプには見えないけれど、それを恥ずかしいことのように照れる姿は可愛いのだろう。

「お母さんっ!」
「ふふっ。実はこのオムライス、潔子も手伝ったのよ」
「そうなんですか? すごくおいしいです。良かったら作り方教えてもらえませんか?」
「‥お母さんに聞いて」
「だそうです。いつでもいいのでレシピぜひ教えてくださいね」
「ええ。また家に来たときにでも、一緒に作りましょ」

 もしかして、気に入られた?
 真偽を確かめるべく潔子さんのお父さんの表情を見ると、蒼白になっていた。お前もか、みたいな顔でお母さんの方を見ている。

「今度お邪魔するときには俺の髪の毛、青になってたりするかもしれませんけど大丈夫ですか?」
「似合ってれば平気よ! でも夜久くんには黒髪が一番似合うんじゃない?」
「考えておきますね」

 奇抜に、異質に、アピールをしないときっと俺なんか及川先輩に忘れられてしまうから。


20140720

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