俺は及川先輩に嫌われることをなによりも恐れている。しかし、俺はもう烏野バレー部の一員だ。私情を挟むのはおかしい。 闘争心を燃やす飛雄と“本物”とは反対に、俺は非常に冷静に考えていた。 これはただ単に青城戦で出なければいい話ではある。しかし、俺は自分で言うのもおかしな話だけど、バレーがうまい。出ない確率はあることはある、が、決して高くはないだろう。 「――目の前の一戦、絶対に獲ります」 澤村先輩が宣言する。真摯な瞳だ。 初戦は常波というところらしい。聞いたことのないところだが、気を抜くのは愚の骨頂。 みんなそれぞれ闘志を燃え上がらせているようだし、俺は空気を壊さないようにひっそりと俯いて顔を歪めた。それは無意識だったが、自分が歪んだ表情を浮かべていると気づいた瞬間、ここにとどまっているのは良くないと思い、そのまま何も言わずに体育館を出た。 「‥‥‥?」 結弦が体育館を出て行ったあと、影山は怪訝そうに首を傾げ、何事かと田中が訊く。 「いや、結弦、さっき変な顔してませんでした?」 「イケメンだろーが。羨ましいぜ畜生」 「それはそうなんですけど、あいつの怒った顔見たことないんで、もしかしたら‥って」 怒ったことがないという発言に食いついたのは菅原だった。いくらなんでも高校一年生、しかも男子で怒ったことがないというのはないだろう、と。 「俺が結弦に八つ当たりしたときも、へらへら笑ってて‥。だから俺はずっと結弦のこと飄々とした軽い奴だってずっと思ってました」 「どこが。王様ってホーント馬鹿だよね。会って日の浅い僕の方がよっぽど理解してるよ」 「るっせ!正直、悪いことをしたと思う。でもあいつは及川さんにしか弱味を見せない。俺が話しかけたところでへらへら笑うのはわかってるんです」 「‥それで、君はその笑顔にまんまと騙されるってわけか。王様、友達いないデショ」 嫌味を挟む月島に噛みつく影山を、澤村と菅原が抑えた。 夜久結弦は、猫又監督が言った様に、優秀な選手である。それも、非常に、だ。今後の試合にも出すことはほぼ決定事項だと言える。 しかし、そんな選手がチームにとけ込めていないとなったらまずい。技術で補う連携に進化はない。月島とは仲が良いようだが、それ以外は無難に話す程度だ。月島も愛想が良いわけではないから、似たもの同士で仲良くやっているのだろうか。 「そういうお前だってどーせ友達いないだろ!?」 「僕には結弦がいるからね。それに、クラスの人とはまあまあ話すし」 「俺もツッキーと結弦について教えてって言われるの慣れてきた」 「結弦は取っ付きづらい髪色してるけどよく笑うし顔整ってるし、仲良くしたいと思ってる奴はたくさんいるよ」 「‥確かにあいつ、中学のときにバレンタインに紙袋抱えていたような‥」 「紙袋?さすがにそれはないでしょ」 「及川さんとよく一緒にいたから目立ってたんだろ。そのときはまだ黒髪だったが、とにかくモテてたぞ。男子からもポッキーやらもらってたし」 その言葉を聞いて、月島は思い当たることでもあるのか、少し固まった。 今までの自分のらしくない行動を思い返し、まさかと首を振る。 まさかこの僕が夜久結弦に恋してるなんてあるはずがない。 結弦のことは好きだ。しかし、それはあくまでも友人として、だ。恋愛的な意味ではないと信じたい。 「あいつはホワイトデーは律儀に返すけど、バレンタインデーにあげるのは及川さんただ一人だったよ」 ――だって、こんなにも不毛な恋。 20140311 |