とうとう練習試合の日になってしまった。悩んでいても仕方ない。俺は着替えて出かける準備に取りかかった。髪の毛は、まあ今日は寝癖もついていないし、そのままである。


「さあて、行くか」


 緑色の髪を靡かせながら、俺はつぶやいた。







「おっ、結弦!やっと来たか!」

「遅すぎ!もう始まってんぞ!」


 到着して早々にクロと衛輔に見つかって大声で話しかけられてしまった。その声に飛雄と月島が勢いよくこっちを見る。


「悪いな、道に迷ってたら遅れた」

「ハイ嘘!あっ、良かったらこっちのベンチ座りなよ!近い方が良いだろ」

「いやお前等早く試合に戻れよ」


 注意をしてやると、慌てたようにみんな試合に戻った。ばかだろ。
 試合に戻った彼らを見ていると、猫又監督からひょいひょいと手招きをされた。なんてこった。俺は仕方なくギャラリーから移動をすると、猫又監督に「どう思う?」と聞かれた。


「さあ。俺はバレーをやめたので。それだけなら失礼します」

「その才能を無駄にするのは勿体ないね。どうだい、試合が終わったら遊んでいかないかい?」

「‥衛輔たちに誘われたら考えます」


 それだけ言うと、俺は体育館のステージの上に座った。わざわざギャラリーまで戻るのは面倒だったし、近くで見た方がわかりやすい。

 今は音駒と烏野が同点だ。影山と“本物”の速攻に、音駒の選手が追いついている。おそらく研磨の作戦だろうその速攻封じはとても恐ろしく的確な判断であった。一人を徹底的に貼り付かせて慣れさせる。合理的だ。


「でも、止められても動じない。それは彼が“本物”だから」


 影山があげるボールは的確だから、俺が敵に捕まったことはなかった。でも、もし捕まったとしても、彼のようには笑えないだろう。捕まってしまった。次はどうすればいい。そう事務的に考えるだけしか出来ない。ピンチを楽しめない。

 やがて試合は終わり、二試合目に俺は猫又監督に呼ばれた。


「結弦くん、入りなさい」

「おっ!やんのか!来いよ!」

「俺普段着なんですけど」

「いいからいいから」

「マジっすか」


 靴だけ貸してもらって俺は今一つ状況が理解出来ないままコートに入った。烏野の連中も頭にクエスチョンマークを浮かべている。
 でも、まあ、みんなと一緒にバレーが出来るのなら、細かいことは気にしない。


「俺は夜久結弦。衛輔の従兄弟。よくわかんないけど、よろしく」

「おう、俺は山本猛虎だ。よろしくな!」

「俺は犬岡走!よろしく!」

「他のみんなも今だけでいいからよろしくね」


 にっこりと笑ってポジションについた。今は福永のポジションを変わってもらった。ウィングスパイカーだ。
 特にミスもせずに順調に点をとっていく。クロと研磨と衛輔とで遊んできた技も時折混ぜて、とにかく楽しい。


「次のサーブ結弦だよ」

「わかってるって!」

「結弦のサーブはこえーよな」


 及川先輩とはほど遠いけれど、それなりのサーブ。受け止めたリベロの先輩は楽しそうに口角をあげていた。


「おい手抜いてんじゃねーぞ」

「うるさいクロ。今のは試しただけだから」

「‥ま、いーけど」


 三試合までしたところでストップがかかった。新幹線の時間に間に合わないと。
 残念そうに声をあげる“本物”に、俺はどこまで規格外なんだとため息を吐きたくなった。

 終わったあと、猫又監督から言葉をもらった。


「――正直、予想以上の実力だった。とくに攻撃。九番と十番の速攻。止められる奴はそうそう出て来ないだろう。レフト二人のパワーも強力な武器だと思う。あとは、いかに攻撃へ繋ぐのか、だな」

「ハイ!」

「とは言え、とにかく君らはチームとして荒削りだし練習不足。でも、圧倒的潜在能力。練習次第で相当強くなれるだろう。全国大会で会おう」


 声を張り上げたわけではないのに、不思議と胸に落ちる言葉だった。
 言い終えたあと、猫又監督は俺を見て意地悪そうに笑う。


「君は優秀な選手だ。視野は広く、気配りも出来、チームを纏める能力に優れている。技術も申し分ない。あのサーブには驚いたよ。君のポジションはウィングスパイカーではないね?今日は悪いことをした。君はどこでもうまくやれるから勘違いしてしまうんだね」

「‥俺のポジションは“未定”です。ありませんよ」

「君は正確で頭がいい。ミドルブロッカーかセッターかな?今度会うときは君が選手になっていてくれたら嬉しいよ」

「‥どうですかね」

「でも今日の試合、楽しかったろ?それは、君がバレーを好きな証拠だ。素直になっても良いと思うけどね」


 食えない監督だ。
 お別れを言うと、月島が寄ってきた。かと思えば烏野バレー部みんなが寄ってきてなにこれこわい。

 しっかし高身長のむさ苦しい男共に取り囲まれて喜ぶ性質は俺にはない。
 大方、俺に「なんであそこにいた?」と聞きたいのだろう。俺も聞きたい。


「――今日は楽しかったよ、ありがとう」

「‥へ?」

「夜久のプレイは安定してて、とてもいい勉強になった」

「そんな、クロたちの方がうまいでしょう」

「両方うまかったよ。ねえ、夜久、バレー部に入るつもりはないかな?」

「‥なんでですか?」

「今まで無理矢理入れされるのは駄目だろって思ってたんだけど、バレー、楽しそうにやってたから」


 熱烈に歓迎してくれる沢村先輩と菅原先輩。
 正直嬉しいのだけど、影山がいるチームか、と少し考えてしまう。


「‥結弦、俺がいるから嫌なのか?」

「そうだよ。及川先輩が卒業してから、チームの雰囲気が悪くなってたの、気づいてただろ?」

「‥ああ」

「俺、ああいうの、駄目なんだ。だから及川先輩みたいになろうとしても無理だった」

「ってことはさ、みんな仲良くしてれば入ってもいいわけ?」

「え、あ、はあ」

「なら問題ないじゃん。俺たちは喧嘩なんかしない」

「まあ、喧嘩したとしたらシメるけどな」

「ほら、大丈夫!」

「じゃあ、お世話になります‥」


 みんな嬉しそうにはしゃいで、照れくさい。
 少しだけ及川先輩に近づけたような気がした。



20140227

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