「へえ、クロたちこっち来るんだ?」

「え、合宿?」

「ああ、はいはい。なるほど」

「は?やだよ何で俺も参加すんの」

「いや、俺も会いたいけどバレー部じゃないし」

「ああもうわかったよ」



「――見学くらいなら、行ってやってもいいけど」



 ‥衛輔との通話を終えて数分間、俺は自己嫌悪に陥っていた。なぜならば、俺は烏野対音駒の練習試合を見学すると言ってしまったからである。
 別に行ってもいいのだけど、烏野の人たちに会わせる顔はない。

 が、かわいい衛輔とクロの頼みとあらば、行かないわけにもいかない。


「ああ〜」

「何唸ってるの」

「板挟みってつらいなと」

「は?」


 月島に変な目で見られた。いやしかし、月島に本当の理由を打ち明けるのも憚られる。
 結局なにも話さないで押し黙るのはいつものことで、俺が秘密主義者だと金田一に言われる由縁でもある。話したくないわけではないが、話す必要もないだろうと思っているのだが、金田一はあまりいい顔をしなかった。でも、俺のことなんて聞いても意味ないデショ?

 ようやく次の授業が始まったのでひたすら黒板の文字を写す作業に入った。ここらへんは暗記か、などと考えながら頬杖をついた。記憶力は悪くないと思う。でも、忘れっぽいとよく言われるのは、きっと、たくさん忘れないと生きていけないからなのだろうと勝手に思っている。俺みたいに弱い人間は、過去を悔やんでばかりだから、忘れることで解放されたかったのだ。


「えー、今日の授業は終わり。きりーつ、」


 礼、ありがとうございましたー。

 みんなバラバラと散っていく。ホームルームが終わったら放課後だ。暇である。部活動に精を出すような柄ではもともとなかったから、今までのバレー部漬けがおかしかったのだと言えばそれまでなのだが。

 図書室にでも行こうかと思いつき、気ままに向かっていると、見たことのある顔が目に入り、お互いに会釈をした。東峰先輩だ。


「お久しぶりです」

「ああ、夜久くん。久しぶりだね」

「相変わらず見た目だけワイルドですね」

「ひどい!」


 ちょっとだけ東峰先輩をいじっていると、三年の階だからか他の先輩たちの注目を浴びているような気がする。はたまた俺の髪の毛が緑だからだろうか。
 まあどっちでもいいけど。


「アレッ?旭と‥夜久くん?」

「スガ!」

「菅原先輩‥?」

「そうそう!覚えててくれたの、サンキュ」

「いえ」

「クールだなァ!この前のやつスゴかったよ、殺人サーブ!」

「ドウモ」

「‥手強いな。今度練習試合するんだけど、見に来ない?」

「音駒と、ですよね?」

「エッ!何で知ってるの?」

「俺の名字、夜久って言うんです」


 それじゃあ、と言い逃げのようにしてスタスタと歩いた。名字が夜久。それだけで伝わるだろうか、と少し不安になったが、まあ練習試合になればわかるだろうし、いいか。

 図書室へ行くだけなのにえらく疲れたなんて思いながら適当に本を抜き取ってページをめくった。俺に特に好きなジャンルはない。適当に、膨大な量の本を前に、ひとつ、選ぶだけ。それだけ。つまらなさそうだったらそれを戻してまたひとつ、またひとつとただ繰り返す。つまるところ、こだわりがないのだ。つまらない人間だと我ながら思う。


「及川先輩‥」


 あなたみたいになりたいのに、俺はもうバレーが出来ない。




20140208

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