「どうぞ、これがサイケデリックです。名前さん」 「へえ、まるで本物の人間だ」 「サイケデリックは我々でも手に余っていたところ。名前さんならきっと使いこなしてくれると信じておりますよ」 「リモコンとかないんでしょ?コレ。言葉と行動でしかコントロール出来ない。大した技術ですよ、称賛に値します。まあ何とかしてみせますよ、安心してください」 どしゃ降りの雨の中薄暗い倉庫で私と業者は取り引きを交わした。私はサイケデリックに興味があったのだ。 ――全ての人間を愛すために作られたプログラム。最初はボーカロイドのようなものだと思っていたが、本物を見たところはアンドロイドだ。 取引先の業者はサイケデリックを作ったはいいもののコントロールが難しく手に余していたところだった。全く好都合。欲を言えばその業者の開発した津軽も欲しかったのだが。そっちは大人しくコントロールしやすいらしい。 「サイケデリック、はじめまして。私は名前。池袋の情報屋だよ」 「はじめまして、僕サイケデリックって言います。よろしくお願いします」 「うん、よろしく」 なんだ、普通の子じゃないか。少なくとも手に負えなさそうではない。一体業者はどんなことをしていたのか。それともサイケデリックが猫を被っているだけなのか。 白いコートにピンクのヘッドフォン。見た目は眉目秀麗。まさにサイケデリック(幻想的)。見る人を笑顔にさせるような完璧な微笑みはさながら天使のようだ。 …嗚呼、完璧、ねえ。 「私さあ、完璧な笑顔って好きじゃないんだよね。作り物って感じがして。ねえ、君はどっちかな?」 サイケデリックは限りなく"人間に近づいた"アンドロイドと聞いている。そんなアンドロイドが完璧な笑顔を浮かべるのは不自然だ。人間の笑みはもっと不完全で温かい。完璧な笑顔はどこか冷たいものだから。 「…アハハッ、鋭いねェ。誉めてあげる、よくわかったね!僕の存在理由は知ってるね?"全ての人間を愛すため"。でもね、それだけじゃ物足りなかった。僕は愛すだけじゃなくて愛してもらいたかったんだ。ホラ、僕の顔ってイケメンでしょ?そういう風に作られたから。大方、業者は看板みたいな感じでこうしたんだと思うけど。でも、この顔のお陰で僕はたくさんの愛をもらってきた」 「アンドロイドが意思を持つか」 「君たちが進化させてくれたお陰だよ!」 「サイケデリック、君の最終的な目標が人間だと聞いたから云うけれど、君の存在理由(プログラム)は最初から実行不可能だよ」 「今まさに実行中だけど?」 「今にわかるさ」 いつまでも倉庫にいるのも無意味なので私はサイケデリックを助手席に乗せてマイカーにエンジンを入れる。もう夜も遅いからシャワーは明日にしよう、なんて考えながら私はアクセルを踏んだ。 20110809 next back |