「名前くん、一人? ミサキくんは一緒じゃないのかしら?」 「はい。ミサキは現世に降りています。明後日には戻ってくるとは思いますが、何かご用でしょうか?」 いつも一緒にいる名前とミサキが珍しく個別に行動しているようだったので声をかけたお香なのだが、その返答に目を丸くした。 「用はないのよ。ミサキくん、よく嫌だと言わなかったわね」 「仕事ですので、鬼灯さんにごり押しされてました」 「ああ‥。鬼灯様」 泣く泣く現世に降りていくミサキを思い浮かべ、お香ははらりと涙をこぼした。名前くんを狙う輩は衆合地獄にもたくさんいる。さぞ不安なことだろうとお香はミサキに同情するのであった。 もちろん、ミサキのいない期間はお香が名前を守るつもりであった、 「名前さん、行きますよ」 ――のだが、何故か鬼灯に連れられてしまった。 まあ、それはそれで安心である。お香は笑顔で二人を見送った。 「鬼灯さん、どうしたんですか?」 「ミサキさんが戻るまで、名前さんには私の手伝いをしてもらおうと思いまして。衆合地獄は名前さん、危ないでしょう」 その言葉を聞くと、名前はくすりと笑った。それを珍しく思った鬼灯は、「何か面白いことでも言いましたかね」と聞くと、ついに名前は破顔した。 「危ないのは、僕を怒らせた人の方」 鬼灯の名前の印象は、いつもミサキに守ってもらっている優等生であった。 それが、それなのに、今の名前はどうしたことだろう。 「僕は夢を食べる獏だよ。最近はミサキの夢しか食べてないけど、もしかしたら良い夢も悪い夢も全部食べて空っぽにしちゃうかもね」 「空っぽ‥ですか。それは恐ろしい」 「鬼灯さんも、夢見が悪かったら僕が食べてあげる」 「ええ、そのときには是非」 欲のちらついた名前の目を見て鬼灯はごくりと唾を飲んだ。 無害で無欲で無関心だった瞳が初めて自分に向けられた瞬間でもあった。 20140410 prev back |