「白澤さん、疲労回復のお薬と冷え性のお薬ください」 桃源郷に着いて白澤のいる家に行くと、名前はそう言った。白澤はその声を聞くなり上機嫌になり、鼻歌を歌いながら「名前くん! 久しぶりだね、今時間ある?」と聞いたが、隣で殺気立つミサキを見ると笑顔で固まる。 ミサキは白澤にとって、鬼灯に次ぐレベルで苦手な生き物なのだ。 「冷え性のお薬はお香さんが頼んでいたものを代わりに受け取りに来ました」 「ええ、じゃあお香ちゃんは来ないの?」 「あんたは黙って疲労回復と冷え性の薬取ってくれば良いんです」 「ハイ」 木刀をパシンパシンと叩きながら目を光らせるミサキに白澤は黙った。 仕事を果たすと用は済んだとばかりに名前の肩を抱いて歩き出すミサキに、白澤はかける言葉が無かった。 ミサキは鬼灯並みにハイスペックな男である。 料理も出来れば裁縫も出来、亡者の拷問や調教もお手の物、さらには頭も良い。 しかし、そのスペックを名前にしか使わないところは欠点かもしれない。 それにひきかえ名前はと言えば、その目立つ容姿以外にはあまり長所は見あたらないと白澤は思っていた。可愛いから遊びたいと考えてはいるが、ことごとくミサキに邪魔されている。 ミサキに執着されるだけの何かが名前にあるらしい。 「ま、僕には関係ないけどね!」 「お香さん、冷え性のお薬もらってきました」 「ありがとう。大丈夫だったかしら?」 「目を光らせておいたので大丈夫です」 「さすがミサキくんね。名前くんはちょっと抜けてるところがあるから‥」 「そこが可愛いんです」 真顔で言い切ったミサキに、お香はうっとりとするように頬を弛めた。この揺るぎない愛こそが、ミサキと名前を応援する者があとをたたない所以の一つである。 名前はもう一つ用事があると言うのでミサキも当たり前のようについていこうとしたのだが、「ミサキは先に仕事に戻っててくれない?」と言われたのだからもう従うしかない。 その女のような顔を少しだけ引き締めると、名前は足を動かした。 ――ついた先には鋭い眼光の男がいた。 「鬼灯さん、最近疲れてるみたいだから疲労回復のお薬をもらってきたんだけど、いる?」 鬼灯は閻魔大王の補佐官であり、ナンバーツーだ。その彼に向かってタメ口で話す人物は誰だと隣にいた閻魔大王がぎょっとしたのだが、その人物を目に入れる前に鬼灯に容赦なく蹴り飛ばされていた。 大王を蹴り飛ばすと鬼灯は嬉しそうに名前の元へ向かった。 「わざわざ私のためにありがとうございます。桃源郷へ行かれたのですか? お一人で?」 「いや、ミサキが着いてきてくれたよ」 「そうですか。アレがいれば、あの偶蹄目も手は出せませんね。安心しました」 「鬼灯さんは僕の心配ばかりするけど、閻魔大王の心配もしてあげればいいのに」 ちらりと先ほど蹴り飛ばされた閻魔大王を見ると、名前はそう呟いた。その言葉に閻魔大王は「そうだよ! もっと言ってやって!」と便乗したが、鬼灯の一睨みにより沈黙する。 「あんなのに心配なんて要りませんよ。名前さんが気にすることはありません」 「そう? 閻魔さまもお忙しいでしょうが、僕で良かったらいつでも手伝いますよ」 「ワシもう名前くんを補佐官にしたい」 「では私は名前さんの補佐官になりますね」 「なんで補佐官の補佐官!?」 「ぶっちゃけ名前さんのお世話をしたいからです」 「急に何言い出すのこの子ォ!」 状況が掴めなくなった閻魔に、鬼灯は渋々説明を始めた。 曰く、名前と仲良くなるべく必死に話しかけ、ようやく敬語や様付けをなしで話せるようになったと。 鬼灯の性格からすると力ずくで仲良くさせそうだと言うと、鬼灯は「そうしようとしたのですが、名前さんの同僚のミサキという男が手強くてですね‥」と断念した旨を話した。 「ミサキくん? ああ、八咫烏の彼か。ワシも会ったことあるけど彼どことなく君に似てるよね‥」 「は?」 「申し訳ありませんなんでもないです」 「‥まあ、好みは似ていますがね」 ――名前さん的な意味で。 20140401 prev next back |