愛してるは苦手だ
ジョージの具合が悪くなってきたのは何となく分かっていたし医者に任せておけば良いだろうと思っていたリヒトであったが、医者を批判するディオの態度に違和感を覚えずにはいられなかった。ディオがそこまでジョージの親身になるなんて思っていなかったのだ。それはまるで入院せずに家にいてもらった方がディオの都合がいいと考えてしまうほどである。
「‥私は一度入院して専門の方に診てもらった方がいいと思います。ジョージさんももうお年ですし、他に病気がないか検査するいい機会だとも思います」
「そうしてバカ高い治療費を請求してくるのが医者のやり口です」
「その治療費が異常に高かったのなら、私が交渉してご覧にいれましょう。健康の保証だと考えたら、入院して損はありません」
「家で治療した方が安心出来るし慣れない病院で生活は大変でしょう」
そうしてしばらく言い合いが続いたあとに、ジョージは「しばらく家で薬を飲んで、治らないようだったら入院するよ。私のために色々と考えてくれてありがとう、二人とも」と言った。その疲れ切った表情に、リヒトは落ち着かない気分になる。
伏せった気分でも、鍛錬は欠かせない。腹筋と腕立てと背筋とスクワットと突きと蹴りと素振りと‥。考えても憂鬱になるだけだ、とリヒトはひたすら体を動かした。
「精が出るじゃあないか」
やっと一段落したと思ったらディオが歩いてきた。リヒトが鍛えているのが意外だったのか、片眉を上げて怪訝そうな表情である。
「‥もうあんな惨めなことはやりたくないから」
惨めなこと、と聞いて貧民街での暮らしを思い出したディオは物珍しそうにリヒトを見つめた。
「君には野心がないかと思っていた」
「‥ディオには感謝してるわ」
「それで? 体を鍛えてどうするつもりだい?」
「もう男の言いなりにならない。私は自由に生きるの」
「へえ」
にやりと笑うとディオはいきなりリヒトを組倒した。油断していたリヒトはそのまま地面に叩きつけられ、くぐもった声が漏れる。
「男の言いなりに‥なんだって?」
「‥ディオは私を抱きたいの?」
その声色に、ディオは一気に萎えていくのが分かった。まるで貧民街にいた頃の人形だ。何も知らない純真な子供のような瞳がディオは今も嫌いだった。そのくせ何も映していないから一層気にくわなかった。
「フン、君を抱くほど飢えていないさ」
「そう」
返事をした瞬間に、ディオの視界には真っ青な空が広がったと同時に背中に痛みが走る。リヒトが覆い被さったディオを反転させたのだと気付いたのはさっさとリヒトが行ってしまったあとだった。
その事実を理解すると、ディオは怒りで顔を真っ赤にさせた。まんまと一枚喰わされたのだ。優位に立ってたと思ったらそれはリヒトがわざと何もしなかったからだった。
毒にも薬にもならないだろうと判断した少女にまんまとやられたのだ。悔しくないわけがない。それなのにディオの口元には笑みが浮かんでいた。
20140808