▼荒北
箱学で一年にして地元のヤンキーをまとめあげた女がいた。特別美人な女ではなかったが、何分腕っ節がかなり強かった。柄の悪いヤンキーを片っ端から暴力で制圧したその女は、何故か俺を気に入っているらしい。
「荒北」
女番長といえばクールなハスキーボイスと相場が決まってるンだろうが、こいつはきれいなソプラノだ。よく耳に通る声。
自分を呼ぶ声に振り返ると、そいつは悠々と歩いてくる。特に用があったわけじゃねェらしい。
「ひさしぶり。更正したんだって?」
にやにやと楽しそうに訊いてくるこいつを見てると去年作り上げた伝説が嘘なんじゃないかと思えてくる。一年ですべてのヤンキーをまとめあげたカリスマ。暴力の天才。どう見ても今へらへらと笑っているこいつとは結びつかねェ。
しかし俺がヤンキーをやめて自転車に精を出し始めたのとほぼ同時期に、こいつも不良をやめていた。
更正した、とは間違えではないだろう。お互いに。
「‥まあ」
「今時ヤンキーなんて古いからね。やっぱりスポーツものが良いよね、青春っぽくて」
「アンタ意外と馬鹿なんだな」
「まあね。馬鹿じゃなきゃ喧嘩なんてしないよ」
「馬鹿みてェに強かった癖に」
「力を闇雲に振るうことを強さと言うならね。ま、荒北が楽しそうで安心したよ」
わかンねェ奴だ、今も昔も。
こいつの言い回しは回りくどい。これだったら暴力の方が単純明快。
「元ヤンが自転車競技部って面白いね」
「ンだよ」
「何でも」
優しそうに目を細めるこの女は、本当に優しかった。仲間のことを第一に考えているような奴だった。だから俺もこいつだけは信頼していたし、ついていこうとも思っていた。
「元ヤンの荒北がさ、浮いちゃってたらどうしようかと思ったけどさ、
仲良くやっていけてるみたいで、私は本当に嬉しいよ」
――ただこいつは優しすぎた。
俺がどんな気持ちでアンタを見てきたと思ってンだ。アンタがみんなに優しいから、俺は。
「俺は、アンタのことがずっと大嫌いだ」
「‥うん」
「弱い癖に頑張って、そうやって泣くンだろ」
「‥」
「頼れば良いのにって何回も思ったが、アンタは全部一人でやっちまうしよ」
「‥あ、らきた‥」
「いっつもへらへら笑ってなんでもないようなフリするしよォ、」
ああ、いらつく。脅えたような瞳もスカートを握りしめる白い手もなにもかも。それでも嫌いになるどころかますます心臓がうるさくなるばかりで、思い知らせてやろうかとも思ったが、アンタにはまだ無理だろ。
「ま、嫌いじゃねェけど」
「‥荒北」
「なに」
「ありがとう」
何に、とは聞かない。きっと、色々兼ねての「ありがとう」だろうから。
ただ、何もお礼を受け取らないのも悪いだろ。幾分低い身長に合わせて身を屈め、きょとんとしたアンタの額に唇を落とした。
20140203
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