短編 | ナノ
▼ジャーファル

ジャーファルは優等生である。それはもう絵に描いたような優等生っぷりがすがすがしい。俺もジャーファルとは一言、二言くらいは話したことがあるが、あまり接点はない。故に、今この瞬間も睨まれている原因に心当たりはないのである。

「‥おいシンドバッド。お前の教え子だろ、何で俺睨まれてんの」
「さあ」
「わっかんねー」
「ハハ」
ハハ、じゃねーよこのヤリチン。と思い切り罵倒してやりたかったが、ここは職員室なので止めた。こんなことで無職は嫌すぎる。
そもそも俺は一生徒に睨まれただけではなんとも思わない性質であるのだが、ぶっちゃけジャーファルが俺の好みドストライクなのである。ドストライクな子に睨まれて喜ぶ性癖は生憎だが持ち合わせていなかった。

「名字先生、今日一杯どうです」
「お、ひさしぶりに」
飲むか。その言葉は喉の奥にすっこんでしまった。何故ならば、ジャーファルが今までで一番ヤバい顔で睨んできたからである。
「‥や、今日はパス」
断ると途端に何もなかったかのような澄ました顔をするジャーファル。これは、もしかしたらもしかしたりするのだろうか?このタイミングでそんな顔をされると勘違いするだろう。
「久しぶりなんですし、行きましょうよ」
「‥ま、行くかあ。夏黄文とも久しぶりに飲むしな」
ギン、と再びこちらを射抜く視線が愛らしく思えてくる。これはもう、クロだろう。やあ、好みの子に好かれるのも悪くないね、ハハ。
夏黄文と約束を交わすと通常業務に戻る。シンドバッドに「そろそろアイツなんとかしてくれよ」とジャーファルを指されたが、「無理」とだけ返して机に向かい合った。紅玉ちゃんの書いた日誌のシンドバッドという名前の横にハートマークが描かれていることに呆れながらも日誌のコメント欄につらつらと文字を綴って小テストの丸付けやらをしていれば、もうすっかり日が落ちていた。
夏黄文と飲みの約束をしていたんだった、と重い腰をあげて職員室を出れば、ドアのすぐ傍にジャーファルが立っていた。

「‥名字先生、」
「もう帰る時間だよジャーファルくん」
「わ、わからないところがあって教えてほしくて‥」
「えらいね、でも明日にしようか。今日はもう遅い」
「名字先生は、急いでるんですか?」
「‥あー、約束が。ごめんな」
「でもっ」
「しょーがないなあ」
そこまで必死に頼まれたら断るわけにはいかないでしょう。
にこりと営業スマイルを浮かべて「じゃあどこかファミレス行ってやる?」と聞くと、ジャーファルは顔を赤らめて「私の家‥平気ですけど‥」と言った。まじか。おい、誘ってんのかよこいつ。
「悪いからファミレス行こう。奢るよ」
「‥名字先生、私の家に入るのは嫌なんですか?」
いやいやいやいや。そういう問題じゃあないだろう。いつもの聞き分けのいい優等生ジャーファルは何処へ行った。
そう思ってもジャーファルの怒濤のお誘いは途切れない。正直行きたくて仕方ない。
「‥じゃあ、お邪魔させてもらうよ」
「はいっ!」




ほんとね、いい年した大人なのに学生にしてやられるなんて、不覚。俺の目の前には天井をバックにして獣と化したジャーファルがわらっている。
「先生、可愛いですよ」
「おいおい大人を舐めてもらっちゃ困るぜ少年」
ぐるりと立場を回転させると、ぱちくりと目を見開いたジャーファル。可愛すぎだろ殺す気か。
そのままジャーファルの顔に近づいていくと、これから起こることを期待したような瞳で見つめられる。だが俺は優しくない。ジャーファルが好みドストライクであるからこそ、もう少し苛めたくなってしまう性質だった。
お望みのキスはしないで耳元で囁く。
「‥期待しちゃった?」
「っ!」
バッと身体ごと離れると、ジャーファルは顔を真っ赤にしてこちらを睨んだ。おーおー、可愛いな。
「俺に何してほしいわけ」
「‥ッ、あっ‥」
「言わないなら帰るよ俺」
理性と葛藤しているのだろうジャーファル。しばらくたっても何も言わなかったので、俺は無言でベッドから立ち上がろうとした。しかし、それはかなわなかった。
俺の腕を勢いよく引いて唇に噛みついたジャーファルのせいである。
さすがに面食らった俺は何も出来ずにされるがままになっていたのだが、その必死なキスに絆されてしまった。やんわりと唇を離して微笑む。
「俺のこと好きなの」
「好きなんです‥男同士ですし、気持ち悪がられると思って諦めようとしても好きで‥‥」
なんなのこの可愛い生き物。
「気持ち悪くないよ。可愛い」
「女性の方が‥魅力的でしょう‥‥‥」
「なに自分で言っておいて自分で傷ついてんの」
どんどんジャーファルが可愛くなっていく。無防備に好意をさらけ出されるのは初めてのことで、しかもジャーファルにということもあってか、俺のテンションは急上昇中だ。
「ジャーファルは可愛いよ。俺の好み」
そう言ってやると、ジャーファルは天使のように微笑んだ。

‥あ、夏黄文忘れた。


20140203



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