▼アルフレッド
あなたは何を考えているの?この戦争はもう勝てないというのに、あなたは何故こうも認めたがらないの?アルフレッドとの力量の差は歴然、それなのに未だ降伏をしないなんて。こんなの、徒に犠牲者を増やし続けるのと同じだ。
国民に負けたと云いたくないから?国としてのプライドを守りたいから?菊さんはまだアルフレッドに勝てると思ってるの?わたし、あなたのこと尊敬していたけど、今のあなたは軽蔑します。
「菊さん、降伏しましょう」
「私たちはまだ負けていません」
「この圧倒的戦力の差を見てもまだそんなことが言えますか。今のあなたは全く何もわかっていない」
「そんなこと貴女に言われる覚えはありません。云いたいことを云ったのなら、さあ、早く持ち場へ戻りなさい」
「…はい」
だめだ、だめだ。このままでは菊は、わたしたちの国はまるごと消えてしまう。それだけは避けなければ。
数えきれないほどの人間が愛した国が滅ぶのをどうして見守れようか、いや、見守れまい。
わたしは決死の覚悟でアルフレッドさんの元へと駆け出した。ヒューン…と遠慮もなしに落ちてくるそれらに当たらないように気を配りながら走り続け、わたしはやっとアルフレッドさんの前に立つことが出来た。
「かはっ……、お…久しぶりで、す。……ぜぇ、はぁ……。アル…フレッ…ドさ…ん」
「やあ、久しぶりだね。わざわざ何をしに来たの?」
アルフレッドさんは笑顔だが、歓迎してくれているのではないということが手に取るようにわかった。それも、そうだ。
「"リメンバー、パールハーバー"。君たちが俺たちにやったことを、忘れたわけじゃあないんだろう?」
「…もちろんですとも。許してくれとは云いません。あなたがイヴァンさんに勝ったわたしたちを脅威に思ったことも、考えてみれば当然のことですから」
「………」
「ですが、わたしは悲しかった。アルフレッドさんがわたしたちを信頼してくれていなかったことが。…仕方がないことなんでしょうね」
「…そのことについては悪かったと思っているよ」
「あなたは悪くありません。先に仕掛けたのはわたしたちなのです。…しかし、もし、あなたが本当に悪いと思っているのだとしたら、お願いがあります」
わたしは頭を垂れてアルフレッドさんの手の甲に口付ける。アルフレッドさんは少しびくりとしたものの、抵抗することはなかった。傷だらけの手の甲から少しだけ唇を浮かせると、わたしは再び口を開いた。
「どうか、力の差を見せつけてください。菊さんが敗戦だと認めざるを得ないくらいに。今の状態が続けば益々犠牲者が増えるばかりです」
「…ダメだ、"アレ"は危険すぎる」
「それを使わなければ、菊さんはいつまで経っても敗戦を認めることはしないでしょう。"お国のために"と死んでいった方たちが報われないと、悔やんでいるのでしょうか。ばかなひと」
「"アレ"は不幸しか生まないよ。これからずっと、不幸の連鎖が途切れることはないだろう。人はみんな影になって、跡形も残らない。運良く生き残ったとしても、体に何らかの障害がまとわりつく。君は本当に理解っているのかい?」
「わかっております。どうか、お願いします」
その時アルフレッドは確かにぷるぷると細かく震える名字を見た。気丈な態度を貫いてはいるが、本当はつらいのだ。自分の大切な人を傷つけることがつらくないわけがない。けれど、彼女は彼のためを思って自ら傷付け傷付くことを選んだ。
そんなまっすぐな覚悟を果たして無駄にしてもいいものだろうか。
「…わかったよ」
「戦争が終わったら、また仲良くしましょうね」
「…こんな俺でも、また君と仲良くして良いのかい?」
「もちろんです。それに、きっといつか、"みんなが"仲良くなれる日が来ます」
「ハハッ、君が言ったらそんな気がしてきたよ」
「人間のわたしがそれを見届けられないことだけが、わたしの唯一の心残りですが」
「…俺、頑張るから。君にみんなが仲良くしてるところを見せてあげるから。
…――ねえ、いなくならないでよ」
「それは無理ですよ。刹那を生きる、人間ですから、ねえ。わたしだって、皆さんから忘れ去られてしまうこと、とてもこわいんですよ?」
「忘れない!忘れないよ!
…嗚呼、戦争なんてするんじゃなかった…!戦争なんてする暇があったら、君とたくさん遊んでたくさん笑ってたくさん話して………」
たくさん、愛したかったのになあ。
そうしたらいつも菊に向けられていた視線が少しはこちらに向いたかもしれないのに。こうして傷付き合うことなんてなかったのに。
嗚呼、なんて、滑稽。
20111113
20111124修正
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