「しつこいぞ、おまえ」
「嫌じゃないくせに」
この男は本当に、口先ばかりがぺらぺらと軽い。思っても見ないことを次から次へと、よくもまあそこまで言えたものだ。ことさら口の端を歪めて馬鹿を言えと笑うと、仕方ないと言わんばかりに溜息をつく。それすらが癪に障る。
「長谷部くんは、僕と関わることが嫌いなの?」
「心底面倒だ、と言っておく」
にやにやと可笑しくて堪らないといった表情で、じっと見つめられるのがむず痒い。放っておいてくれれば良いものを、どうしてこうも俺で遊びたがるのか。ただ温和なだけの男でないことはわかっていたけれど、こうも妙に固執されるとは思っていなかった。そんなことばかり続いた、ある肌寒い日の宵のうち。
「おまえはなにがそんなに楽しいんだ、」
俺を口説いたところでなにも得はないだろう。適当に濁して交わすのにも疲れ、口をついてでたのが前述の通り。別段それらしい理由を求めたわけではない、ただこの終わらない鬼ごっこに疲弊していた。応えて驚いた、とでも言いたげに投げられた視線に苛苛する。なにをそんなにわざとらしく、俺が知るわけが無いだろう。
「長谷部くん、もしかして僕が僕のために君を口説いてるとでも?」
「他になにかあるならぜひ聞いてみたいものだな」
普段のにこやかな姿からは到底想像がつかないような下卑た微笑みと、そのすぐ後に告げられた一言だけを覚えている。俺が、だなんてありえない。そう即座に否定したものはすぐにむくむくも自分の中で沸き上がり、本当にそうかと攻め立てられていた。もしかしたら本当にその通りなのかもしれないと思ってしまうことが信じられないけれど、確かにそれは説得力をもって俺に届いた言葉だった。
「だって君は、僕に愛されてなくちゃダメだろう?」
2016/07/28 18:04
▽刹那プラス
だれかとだれか
「本当はそんなこと、欠片も思ってないくせに」
きっとその嘲笑は君にとって余りに鮮烈だったことだろう。まるで頬を張られたかのように目を見開く姿を見てこぼれる笑いが止まらない。そんな顔だって、できるんじゃないか。真っ赤な嘘と真っ白な笑顔を操っているつもりで、無機質な裏側は空っぽ。そこには理想形を保っている君の姿なんて僅かも残っていなくって、崩壊した世界はがらんどう。ただ無数の引っ掻き傷だけが交錯した狭い狭い空間が、誰にも見えてないなんて本当にそう信じて疑っていなかったんだ、きっと。残念、現実は思っているよりきっと残酷で、そして俺は君が思ってるよりずうっと執着強い。さあ、俺のこの深い好奇心を満たしてくれ。それが出来るのは君だけだって知ってるのもきっと俺だけだ。
「俺は、知ってるよ」
だから早く、落ちておいで。
初音ミクさんの同曲をテーマに
2016/01/19 23:41
▽僕等の深淵
国見と影山
「まあ俺は別に、おまえのこと好きじゃないけど嫌いじゃなかったよ」
閑散とした空間に、ぼんやりとした声だけが響いていた。お互いに無表情な二人であったが、別段仲が悪いわけでも、いいわけでもない。嫌いじゃなかった、とはどういうことだろう。影山は考えた。いまは嫌いなのだろうか。ただそれをそのまま訪ねてはいけないんだろうなということはわかった。
「そうか」
「ふうん、それだけ?」
国見は少しだけ驚いたように目を大きくした。どうしていいかわからなかったので、影山は首を傾げた。正直、だからなんだとしか思わなかった。国見は上手いし、貴重なチームメイトだ。しかし、言いかえればそれだけだった。
「国見、バレー好きか?」
「ハァ?」
「俺のこと嫌いでも、バレーが嫌いでなければそれでいい」
それだけを言って、影山は踵を返した。誰も居なくなったホールで、国見は暫くぽかんとしていたが、やがて可笑しそうな表情になる。これだから、嫌いじゃなかったんだ。これから自分がしようとしていることを思って、妙な気持ちになった。別に国見には関係のない話ではあったけれど、それを覚えていようとするくらいには影山に興味があったのだ。
2015/03/29 20:07
▽それはアナザーストーリー
山口と月島
「俺、ツッキーのこと好きかもしれない」
「‥‥おまえが僕のこと嫌いだと思ってたなんて初耳なんだけど」
夕方、まだ烏が鳴く前の、燃えるような夕焼けを背景に、二人は何度目かともしれない不毛な会話を繰り広げていた。どんな話をしていたって、いつも決まって、この歩道橋に差し掛かるとこの話が始まる。
昨日も同じ会話をした。一昨日も、その前もまた。もう何ヶ月もずっと。だから当然初耳ではないわけだが、山口は何も言わない。それどころか毎日、そばかすだらけの顔を無理に歪めて、泣きそうな顔で笑っていた。
月島は一向に歩を緩めようとはしない。先程の台詞を吐き捨てて、なんてことないような顔で一切山口を見ずに歩いていく。その後ろを少し小走りになって、山口はついていく。絶対にこっちをみないとわかっていながら、相変わらず無理やりに笑って。
そうして毎日、その歩道橋を降りた3つ先の角で別れを告げる。じゃあねツッキー、また明日!と、信じられないほど能天気な声で。月島はその後ろ姿に視線をくれた後、それは酷く大仰に溜息をつく。全く、こっちの気も知らないで、と。
2015/03/29 20:07
▽悲しいくらい僕の世界は残酷でした
菅原と影山
酷く暗い朝のように思えた。一番最後まで弱々しい光はなっていた星は、水平線の彼方に落ちて消えた。ほの暗い太陽が僅かに顔を出す。鴎がばさり、ばさりと羽音を立てた。
「なんか、暗いですね」
「そうだな」
菅原のふわふわとした癖毛が、その言葉に合わせて潮風で少し揺れた気がした。表情は見えなった。影山は困惑した。今まで一度だって、こんな声の菅原を見たことはなかったからだ。眉根がさがり、困り顔が現れた。
「どうか、したんですか」
「そうだな」
それから影山が何を尋ねても、菅原は顔を伏せたままそう繰り返すばかりだった。声はどんどん小さくなって、だんだん影山は目の前にいるのが誰だかわからなくなってきていた。突然影山は恐ろしくなった。
「あんた、誰ですか」
恐る恐るそう訪ねても、馬鹿の一つ覚えのように同じ返事が返ってきた。どうしていいかわからないまま、影山は一歩詰め寄った。顔を見てみようと思ったから。その瞬間に、今までとまるで違ったような大きな声が聞こえた。
「おまえは、ずるいよ」
どうして、とかどこがですか、とか聞こうと思った前に、目の前が暗転する。ぐらっとゆれた視界の端に、沈みきらなかった星屑が見えた。
2015/03/29 20:06
▽どうしてなかなかしあわせでした
宗介と凛
ふらふらとした足取りは覚束無く、今にもその水の向こうに消えてしまいそうに見えた。顔はこちらを向かぬまま、綺麗な髪が月明かりにさらりと揺れる。冬の海、冷たい風、ハーフパンツの少年の艶やかな首筋。随分とミスマッチな後ろ姿だと思った。ここが切り立った崖なんかだったら話は違うが、生憎浅瀬なものだから特に何をいう必要もない。
湿り気を帯びた砂浜に尻をついて、波と戯れる姿を見ていた。ときどき不意に思い出したように呼ばれる俺の名前ははわずかに震えていて、その震えを必死に隠すかのように荒んでいた。とんでもなく残酷なことを言っている自覚はあったし、仕方が無いから間の抜けた声でごめんなぁ、ということしかしなかった。他に口に出せることなんてなかった。その度に俯く角度はどんどんと深くなって、そして身体は水平線へと近づいていた。
おまえ、水に溶けちまうぞ。そしたら見つけてやれねえよ。
どういうつもりでそんなことを言ったのかは自分でも良く分からない。ただその儚い影は暫くぶりに俺の顔を見て、ぎゅうと唇を噛んだ。ただひたすらに、この現実を淡々と口にしたことが許せないと、そう言わんばかりの瞳の強さで。まだそんな風に思ってくれることが不思議な気分だった。
「隣にいてやれなくてごめんな、凛」
そういってから、いつの間にか溶けて消えてしまっていたのは自分だったのかもしれないなと思って、無性に寂しくなった。紅い涙が、ぽつんと碧い海におちた。
2015/03/29 20:05
▽やわらかな境界線
影山と菅原と月島
「すがわらさん、」
「なに」
柔らかくて温い、赤いセーターのほつれた裾を弄りながら影山が言葉を発した。見慣れない部屋には他に誰もいない。ぼんやりした頭のままで、どうしてこんなとこにいるんだっけと考えた。
「起きてください、風邪ひきますよ」
「おれ、寝てた?」
「ハイ」
どこまでが夢だったのだろう。ぼんわりと体が寝起きの体温を放つ。頭をぶんぶん振っていると、隙間風と小さな笑い声がした。いきなりの冷感に、びゃっと間抜けな声を漏らす。
「おはようございます、菅原さん」
「つきしま」
「行きますよ、王様もね」
「うるせえ」
不服そうに影山が唇を尖らせた。小馬鹿にしたように月島は笑う。ようやく体を起こして、放り出された上着を手に取る。そんな過程を通してやっと、どうしてここに居るのかを思い出した気がした。
「影山、月島」
一触即発、といった雰囲気のふたりに声をかける。俺のこと、忘れてんじゃないってば。
「バレーしよっか」
途端に分かりやすいくらい瞳を輝かせた彼と、呆れたような彼をみると、彼らの仲間であることが堪らなく誇らしいと思うのだ。
2015/03/29 20:03
▽ええまあ、慣れてますから。
及川と岩泉(と青城)
「及川おまえンな甘そうなもんで午後持つのかよ」
「どーかなぁ…岩ちゃんのちょっとくれる?」
「ん」
「わーい」
甘そうな菓子パンで昼ごはんを済ませようとする主将を気遣う幼馴染み、で終われば話はそれまでだというのに。いいガタイの男子高校生がご丁寧に卵焼きを箸でつまんで、口元に差し出してやる。慣れとは恐ろしいもので、呆れはしてもいまさらなんとも思わない。
「…ねえ金田一、いったいどこまでやれば気がすむんだろう」
「国見、机の下みえるか?」
「?なんかあんのか」
「あの人たちの脚」
その一言で状況を理解する。たいして狭くもないのに、なぜこうもくっつきたがるのか。考えても仕方ない、とうに諦められた現実を蒸し返してしまった自分に苦笑いを零した。
title by レイラの初恋
2014/12/29 20:20
▽消えない「愛してる」を頂戴
及川と岩泉
愛に致死量があるのだとしたら、俺はきっととっくのとうに及川のそれで死んでしまっているのだとおもう。それでいいのに、どうしたって愛されすぎて死ぬことはできやしない。
「すきだよ、岩ちゃん」
初めのうちこそ耳までまっかに染められていた、そんな睦言に慣れたのはいつからだったろう。すっかりそれをあたりまえとして受け入れてしまった俺の脳みそは、ぼんやりと麻痺してなにも思わなくなる。じわじわと蝕まれていくことがひどく恐ろしく、切なく、それでいて幸せだったのはいつまでだったろう。
「俺もだよ」
空っぽな愛の言葉を吐き出して、キスをして、セックスしても、いっこうに満たされることなんてないのかもしれないけど、それでも追い求めることをやめることは出来なくて。壊れてしまったのだなあと思えるあたり、もしかしたらまだ真人間なのかもしれない。いっそ人間をやめたい、なんて思ってもないくせに。
title by たとえば僕が
2014/12/29 20:08
▽そして世界は愛のなんたるかを知る
木兎と赤葦
冷え切った空気の中の、噎せ返りそうな熱を感じてぶるりと体を震わせた。いつになってもキスのひとつにも慣れなくて、じわじわと蝕まれていく耳が恥ずかしい。ポーカーフェィスが聞いて呆れる、こんな情けない姿なんて見せたくない。
けど、真剣な瞳が俺だけを見つめているのはそれに勝る贅沢で幸せだと思ってしまうから、どうしたってこの場で息を止めることが出来ないのだ。なんだってあんたはそんなに格好いいのかなぁ。木兎さんがニヤリと口角を上げているのを見て、叶わないと小さく息を吐き出した。
title by レイラの初恋
2014/12/29 20:07
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