short short

▽白昼夢に接吻

高峯と守沢(あんさんぶるスターズ)

「ねぇ先輩、俺のために生きてくださいよ」

叶わぬ願いばかりが胸の奥底にじりじり積み立てられてゆく。先輩は俺のためならなんだってしてくれるけど、それは実際何にもしてくれないのと同じようなことだった。思えば思うほど欲だけが焦がされて。みんなのヒーローを引きずり下ろして俺の手に収めたい。これが恋なのか愛なのか、そんな優しいものなのか。それすらもよくわからないけれど、他人に向けた博愛の笑顔を見る度に苛苛した。あんたが笑ってばかりいるもんだから、みんな馬鹿になってしまうんだ。この人が実際どれだけのものを抱えているかなんて誰も推し量ろうとしない。先輩の笑顔は綺麗で、それだけで十分だから。俺は違う。俺は、そんなものいらない。涙でもいい、怒りでもいい、俺だけに先輩の本物を見せて。そうやって伸ばす手は、いつも空を切る。その微笑みが、本物なら俺だってこんなに苦しまなかったのに!

タイトルセンスは死んだ


2016/11/07 21:52


▽窓辺の暮れ
松川と花巻

空を茜に染め出した、夕方5時半の帰り道、だなんて歌い出しの曲があった。たしかあれは教室を中心にした歌だったから、海を浮かべた俺に見える世界とは少し違うけれど、とてもよく似合っている。足を浸すわけでもなく、ただぼんやりと流れる時間に見を委ねるだけの幸せはそのあたりの高校生には些か早いように思えるかもしれないが、この小さな田舎の片隅で、ボールを片手に育む俺たちにはちょうど良かった。じぶんの癖毛とは違う、術やかで細っこい髪をすいて、ほんの少し肩を寄り添わせて、それから?


2016/07/28 20:50


▽きみの絶望をおくれ

光忠と長谷部

「長谷部くん、いま、なんていったの」

絶望、と言うよりほかに言葉を知らぬ歪んだ赤子のように。視界が鈍器で殴られたかのようにぐんにゃりと捻曲がった。信じられない、と思った。死ななきゃ安い、とは言えど、死ぬ気などさらさらないと思っていたのに。

「そんな顔をするな、光忠。俺にはお前しかいないんだから」

その台詞、せめて半日前に聞けたらどんなに幸せだったろう。涙にひとつこぼさずに真っ直ぐに笑う姿が痛々しくてたまらない。どうして君は、今になってなお、貼り付けた微笑みを剥がしてくれないんだろう。最後、かもしれないのに。そう思ってしまった瞬間、堰を切ったように目の前が見えなくなる。

「殺してくれるか、俺を」

僕の大好きな大好きな長谷部くんの声が、ぼんやりと残響する。そして悟る、それが真に君の望みなら、僕に断る権利なんて初めからなかったのだと。泣いていたつもりだったのに、いつの間にか嗤いだしていたことにまた少し絶望した。






2016/07/28 20:49


▽虚妄戦争





光忠と長谷部


「その目は何のためにある?」‥‥君を見つめるために。
「その耳は?」君の声を聞くために。
「その口は?」君に愛を囁くために。
「その手は?」君を抱きしめるために。
「本当に?」本当だよ、長谷部くん。
ほう、と安心してついた溜息を食べてしまいたい。君の欲しい答えをいくらでもあげるから、君は一生その答えを望んだままでいてくれるよね。僕の手のひらでくるくると揺れて笑って、物欲しがりな視線をこちらに向けたまま、僕に閉じ込められていてくれるはずだ。大丈夫、君は僕に愛されたがっているし、僕は君を愛していたい。なんにも間違っちゃいない。さあ長谷部くん、次の我侭はなにかな?

2016/07/28 20:48


▽隣り合わせの拳銃





だれかとだれか


彼は膝をついて、殺してくれ、と懇願した。ぽたりぽたりと落ちる雫が、もう何も聞いてくれるなと語っているかのようだった。俺は諦めて溜息を飲み込み、黙ってそいつの顳?に銃口を押し当てた。今となっては、どうして引き金を引いてやらなかったのかわからない。無用な優しさが返って人を傷つけるのだということを、その頃の俺はまだ知らなかった。正しくいうなれば、わかっていなかった。


2016/07/28 20:47


▽陽炎の花



光忠と長谷部


長谷部くんは、天の邪鬼だ。普段はあんなに厳しいくせに、自分が辛くなるほど人にやさしい。いや、本人にその気はないんだろう。ただきっとその負けん気と責任感で動けなくなってしまった結果。周りに気づかれまいと踏ん張る故に、彼はいつもより少しばかり注意深い。そして些細な気遣いを増やし、周りとの関係を少しだけスムーズにする。そうして周囲からひとを逃して、一人の殻に閉じこもって、それから。それから、彼がどうするのか、誰も知らない。その秘密は危うくて儚くてとても綺麗ではあったのだけど、それだって一人きりにしておけるほど僕は強くなかった。他人から見て格好悪くても、僕がそばにいたいと、そう思うくらいに奢っていたのかもしれなかった。

「少し、疲れてるんじゃないかい」
「そう、見えるのか」

瞬間しまった、と思った。なるたけ何時も通りの声をかけたつもりだった。意識しないように意識して、明るく、なんてことなく、それこそ今日の夕餉のメニューを伝えるかのように。それでも掛けるべき言葉はこれではなかった。最初で最後のきっかけはいとも容易く手から滑り落ちてゆく。すっと逸らされ伏せられた瞳に、長谷部くんの心が、こちらに悟られぬようにそっと内鍵をかけたような気がした。

「いや、まだ大丈夫だ。」

じゃあその隈は、重たい背中は、泣き出しそうな瞳の奥は、どう解釈すればいい。僕以外の誰も気づきやしないだろうに、唯一僕でさえ遮断して君は辛くはないのかいと聞くことは許されない。それ以外に何も聞く気にはなれなかった。君を救えるのは僕だけなんだよとはやく気づいて欲しいのに、同時にひどく恐れていた。ああだって、きっと気づいてしまったら、君はもう心の内を見せてはくれない。それだって人を頼りたがらない嘘つきの長谷部くんが僕に優しくでもなってしまったらどうしよう。必要だと思えば思うほどにきみはきっと怯えて小さくなって、僕を離しておくんだろう。天の邪鬼な長谷部くんは僕が気付いた時にはもう遅いくらいにはきっと上手にやってみせる。それが一番怖くて、こんなに想っているのにその不安だけは打ち消せなかった。気づかないなんて馬鹿なこと、と笑い飛ばせないのが悔しくて、どうしようもない矛盾に挟まれてなにもできないのが苦しくてたまらない。ああ長谷部くん、お願いだから僕だけに、もういちど心の端をのぞかせてはくれないだろうか。




2016/07/28 20:47


▽煙巻



光忠と長谷部(現パロ)


部屋に充満した煙草の臭いに顔をしかめた。この有害物質をぜんぶ自分の口から吐き出したのかと思うと気分が悪い。灰が大部分を占めるようになったポールモールの柄をトンと指でつく。ぼろぼろと脆く崩れさり手元には半分も残らない。


「ねぇ」


人の気配には気付かなかった。視界も危ういほどに煙に巻かれていたのかもしれない。それとも俺が目をつむっていただけだったか。それにしたって珍しい。煙草をはじめ健康に悪いと言われるものが何より嫌いで、触れるどころか近づきさえしたがらないくせに。やめてはくれないんだねとなんど懇願されただろう。


2016/07/28 20:46


▽まなざしで愛して





光忠と長谷部


「長谷部くんは本当に主のことがすきだね」

悪意があって言ったわけじゃなかった。主は僕にとっても立派な人だし、尊敬もしているし、とても好きだ。ただ長谷部くんのその忠誠心は、些か強過ぎると思った。単純に同じ本丸で過ごす仲間としてさえも不安になるほど。いや、嘘をつくのはやめておこう。勿論そういった考えもないわけじゃないけど、それよりもちょっぴり拗ねていたのだ。あまりに連呼されるその呼称と、嬉しくてたまらないと言った声音に。嫌だなぁ、カッコ悪い。長谷部くんは綺麗な目を少しだけ大きくして、こっちを見ている。

「ごめんね」

わすれて。そのたった4文字は音になることなく、喰われて呑み込まれて消えた。ちょっと面倒な僕の焼き餅と一緒に、綺麗さっぱりたべられてしまったようだ。たった一瞬の出来事に不意をつかれたけれど、間違いなく現実なのは仕掛け人の朱を帯びた頬が正直に教えてくれる。

「主は主だ。調子に乗るな」
「長谷部く、」
「主のような神聖な方と、同等に見られると思うなよ」

お前は俺の隣くらいが調度良いだろう。そういって不敵に笑う顔がたまらなく愛しくて、そうだねと微笑むので精一杯だ。少なくとも、いまは。




2016/07/28 18:08


▽ちいさな気まぐれがわたしの世界を変えていく





鳴子と今泉


夏、カンカン照りの日差しから少しだけ離れた木陰。投げたドリンクボトルは数メートル、綺麗な放物線を描いてターゲットの手の中にすとん、と収まった。おっ、と戸惑ったような、それでいて嬉しそうな声色につい口元が緩む。豪快な笑顔が眩しいのは、半分くらいは太陽のせいにしてしまっても許されてしかるべしだ。


「こんなはずじゃ、なかったんだけどな」

「は?なんてェ?」
「なにも」


フウン、と返された返事と同時に詰められた距離に息までもが詰まる。動揺を隠しきれずに後退したぶんだけきっちり近付かれる。慌てた顔は人に悟られたくないものだ。知っていて、の不意打ちは質が悪い。バツが悪いのを隠したくて、睨みつけてやったところで意味はないとわかっているけれど。


「鳴子、ちかい」


ようやっと自分からでた台詞の情けなさに驚愕する。だからなに、とでも言いたげな生意気なニヤケ面にも、その表情さえたまらなく好きだ、と思ってしまうことにも。ぽたり、と首筋を汗が伝った。じわじわと蝕まれていく感触はむしろ心地良い、といったらおかしいだろうか。たまたま、偶然、夏のせい、という言葉で片付けてしまうのは惜しいくらいに、今この時が愛おしい、とか。およそ俺らしくないな、と自嘲したって仕方ない。だってこんなの、初めてのことばかりだ。少しばかりは、目を瞑って頂きたい。










2016/07/28 18:06


▽期限のみえない物語





燭台切と長谷部


もし、仮に、ありえないけど。二重にも三重にも重複した意味の言葉を並べ立てて予防線を張り巡らせて、金色の瞳は問うた。

「僕が居なくなったら、長谷部くんはどうするの」

拍子抜けするほどに在り来たりで陳腐な質問だと思った。そうはしないんだろう、と煽るのは容易いし、そんなこと起きないだろう、と一蹴するのはもっと簡単だ。ただゆるりと弧を描いた口元に反転して、深い穴の淵を覗いているかのような暗いなにかが茶化しで終わらせてはいけないと警告しているようだった。息を吐いて、視線を他方へ投げ出した。

「その時はまた、主のためだけに生きるさ」
「そう、それはよかった」

よかった、とはどういう意味だ。依存体質のお前らしくない、とせせら笑って言おうとした言葉が実を結ぶことは終ぞなかった。責められこそすれ、嘘をつくことはできないだろうと笑い飛ばしてやるつもりだったのに。それほど迄に光忠の表情は柔らかく、穏やかであった。かえってゾクリ、とするほど。

「君は生きていてくれなくちゃいけないよ」

そうか、とだけ短く告げた返事に、どれだけのものを込めたかしれない。こっちの気も知らないで、無慈悲なことをいうものだ。それこそ軽々しく口に出すことができないくらいには、その可能性が俺を苦しめるというのに。それ以上なにか聞けば、胸の内が堰を切って流れ出してしまいそうで、ギリッと唇を噛み締めた。




2016/07/28 18:05


▽騙したつもりに隠れた本音





光忠と長谷部


好きだよ、大切だ、愛してる、君以外考えられない。少女漫画も裸足で逃げ出すような青臭い台詞ばかりを朝から晩まで聞かされ続けて、いい加減うんざりしていた。


「しつこいぞ、おまえ」
「嫌じゃないくせに」


この男は本当に、口先ばかりがぺらぺらと軽い。思っても見ないことを次から次へと、よくもまあそこまで言えたものだ。ことさら口の端を歪めて馬鹿を言えと笑うと、仕方ないと言わんばかりに溜息をつく。それすらが癪に障る。


「長谷部くんは、僕と関わることが嫌いなの?」
「心底面倒だ、と言っておく」


にやにやと可笑しくて堪らないといった表情で、じっと見つめられるのがむず痒い。放っておいてくれれば良いものを、どうしてこうも俺で遊びたがるのか。ただ温和なだけの男でないことはわかっていたけれど、こうも妙に固執されるとは思っていなかった。そんなことばかり続いた、ある肌寒い日の宵のうち。


「おまえはなにがそんなに楽しいんだ、」


俺を口説いたところでなにも得はないだろう。適当に濁して交わすのにも疲れ、口をついてでたのが前述の通り。別段それらしい理由を求めたわけではない、ただこの終わらない鬼ごっこに疲弊していた。応えて驚いた、とでも言いたげに投げられた視線に苛苛する。なにをそんなにわざとらしく、俺が知るわけが無いだろう。


「長谷部くん、もしかして僕が僕のために君を口説いてるとでも?」
「他になにかあるならぜひ聞いてみたいものだな」


普段のにこやかな姿からは到底想像がつかないような下卑た微笑みと、そのすぐ後に告げられた一言だけを覚えている。俺が、だなんてありえない。そう即座に否定したものはすぐにむくむくも自分の中で沸き上がり、本当にそうかと攻め立てられていた。もしかしたら本当にその通りなのかもしれないと思ってしまうことが信じられないけれど、確かにそれは説得力をもって俺に届いた言葉だった。


「だって君は、僕に愛されてなくちゃダメだろう?」









2016/07/28 18:04


▽刹那プラス
だれかとだれか

「本当はそんなこと、欠片も思ってないくせに」
きっとその嘲笑は君にとって余りに鮮烈だったことだろう。まるで頬を張られたかのように目を見開く姿を見てこぼれる笑いが止まらない。そんな顔だって、できるんじゃないか。真っ赤な嘘と真っ白な笑顔を操っているつもりで、無機質な裏側は空っぽ。そこには理想形を保っている君の姿なんて僅かも残っていなくって、崩壊した世界はがらんどう。ただ無数の引っ掻き傷だけが交錯した狭い狭い空間が、誰にも見えてないなんて本当にそう信じて疑っていなかったんだ、きっと。残念、現実は思っているよりきっと残酷で、そして俺は君が思ってるよりずうっと執着強い。さあ、俺のこの深い好奇心を満たしてくれ。それが出来るのは君だけだって知ってるのもきっと俺だけだ。
「俺は、知ってるよ」
だから早く、落ちておいで。

初音ミクさんの同曲をテーマに


2016/01/19 23:41


▽僕等の深淵
国見と影山

「まあ俺は別に、おまえのこと好きじゃないけど嫌いじゃなかったよ」

閑散とした空間に、ぼんやりとした声だけが響いていた。お互いに無表情な二人であったが、別段仲が悪いわけでも、いいわけでもない。嫌いじゃなかった、とはどういうことだろう。影山は考えた。いまは嫌いなのだろうか。ただそれをそのまま訪ねてはいけないんだろうなということはわかった。

「そうか」
「ふうん、それだけ?」

国見は少しだけ驚いたように目を大きくした。どうしていいかわからなかったので、影山は首を傾げた。正直、だからなんだとしか思わなかった。国見は上手いし、貴重なチームメイトだ。しかし、言いかえればそれだけだった。

「国見、バレー好きか?」
「ハァ?」
「俺のこと嫌いでも、バレーが嫌いでなければそれでいい」

それだけを言って、影山は踵を返した。誰も居なくなったホールで、国見は暫くぽかんとしていたが、やがて可笑しそうな表情になる。これだから、嫌いじゃなかったんだ。これから自分がしようとしていることを思って、妙な気持ちになった。別に国見には関係のない話ではあったけれど、それを覚えていようとするくらいには影山に興味があったのだ。


2015/03/29 20:07


▽それはアナザーストーリー

山口と月島

「俺、ツッキーのこと好きかもしれない」
「‥‥おまえが僕のこと嫌いだと思ってたなんて初耳なんだけど」

夕方、まだ烏が鳴く前の、燃えるような夕焼けを背景に、二人は何度目かともしれない不毛な会話を繰り広げていた。どんな話をしていたって、いつも決まって、この歩道橋に差し掛かるとこの話が始まる。

昨日も同じ会話をした。一昨日も、その前もまた。もう何ヶ月もずっと。だから当然初耳ではないわけだが、山口は何も言わない。それどころか毎日、そばかすだらけの顔を無理に歪めて、泣きそうな顔で笑っていた。

月島は一向に歩を緩めようとはしない。先程の台詞を吐き捨てて、なんてことないような顔で一切山口を見ずに歩いていく。その後ろを少し小走りになって、山口はついていく。絶対にこっちをみないとわかっていながら、相変わらず無理やりに笑って。

そうして毎日、その歩道橋を降りた3つ先の角で別れを告げる。じゃあねツッキー、また明日!と、信じられないほど能天気な声で。月島はその後ろ姿に視線をくれた後、それは酷く大仰に溜息をつく。全く、こっちの気も知らないで、と。






2015/03/29 20:07


▽悲しいくらい僕の世界は残酷でした

菅原と影山

酷く暗い朝のように思えた。一番最後まで弱々しい光はなっていた星は、水平線の彼方に落ちて消えた。ほの暗い太陽が僅かに顔を出す。鴎がばさり、ばさりと羽音を立てた。

「なんか、暗いですね」
「そうだな」

菅原のふわふわとした癖毛が、その言葉に合わせて潮風で少し揺れた気がした。表情は見えなった。影山は困惑した。今まで一度だって、こんな声の菅原を見たことはなかったからだ。眉根がさがり、困り顔が現れた。

「どうか、したんですか」
「そうだな」

それから影山が何を尋ねても、菅原は顔を伏せたままそう繰り返すばかりだった。声はどんどん小さくなって、だんだん影山は目の前にいるのが誰だかわからなくなってきていた。突然影山は恐ろしくなった。

「あんた、誰ですか」

恐る恐るそう訪ねても、馬鹿の一つ覚えのように同じ返事が返ってきた。どうしていいかわからないまま、影山は一歩詰め寄った。顔を見てみようと思ったから。その瞬間に、今までとまるで違ったような大きな声が聞こえた。

「おまえは、ずるいよ」

どうして、とかどこがですか、とか聞こうと思った前に、目の前が暗転する。ぐらっとゆれた視界の端に、沈みきらなかった星屑が見えた。


2015/03/29 20:06


▽どうしてなかなかしあわせでした

宗介と凛

ふらふらとした足取りは覚束無く、今にもその水の向こうに消えてしまいそうに見えた。顔はこちらを向かぬまま、綺麗な髪が月明かりにさらりと揺れる。冬の海、冷たい風、ハーフパンツの少年の艶やかな首筋。随分とミスマッチな後ろ姿だと思った。ここが切り立った崖なんかだったら話は違うが、生憎浅瀬なものだから特に何をいう必要もない。

湿り気を帯びた砂浜に尻をついて、波と戯れる姿を見ていた。ときどき不意に思い出したように呼ばれる俺の名前ははわずかに震えていて、その震えを必死に隠すかのように荒んでいた。とんでもなく残酷なことを言っている自覚はあったし、仕方が無いから間の抜けた声でごめんなぁ、ということしかしなかった。他に口に出せることなんてなかった。その度に俯く角度はどんどんと深くなって、そして身体は水平線へと近づいていた。

おまえ、水に溶けちまうぞ。そしたら見つけてやれねえよ。

どういうつもりでそんなことを言ったのかは自分でも良く分からない。ただその儚い影は暫くぶりに俺の顔を見て、ぎゅうと唇を噛んだ。ただひたすらに、この現実を淡々と口にしたことが許せないと、そう言わんばかりの瞳の強さで。まだそんな風に思ってくれることが不思議な気分だった。

「隣にいてやれなくてごめんな、凛」

そういってから、いつの間にか溶けて消えてしまっていたのは自分だったのかもしれないなと思って、無性に寂しくなった。紅い涙が、ぽつんと碧い海におちた。



2015/03/29 20:05


▽やわらかな境界線

影山と菅原と月島


「すがわらさん、」
「なに」

柔らかくて温い、赤いセーターのほつれた裾を弄りながら影山が言葉を発した。見慣れない部屋には他に誰もいない。ぼんやりした頭のままで、どうしてこんなとこにいるんだっけと考えた。

「起きてください、風邪ひきますよ」
「おれ、寝てた?」
「ハイ」
どこまでが夢だったのだろう。ぼんわりと体が寝起きの体温を放つ。頭をぶんぶん振っていると、隙間風と小さな笑い声がした。いきなりの冷感に、びゃっと間抜けな声を漏らす。
「おはようございます、菅原さん」
「つきしま」
「行きますよ、王様もね」
「うるせえ」

不服そうに影山が唇を尖らせた。小馬鹿にしたように月島は笑う。ようやく体を起こして、放り出された上着を手に取る。そんな過程を通してやっと、どうしてここに居るのかを思い出した気がした。

「影山、月島」

一触即発、といった雰囲気のふたりに声をかける。俺のこと、忘れてんじゃないってば。

「バレーしよっか」

途端に分かりやすいくらい瞳を輝かせた彼と、呆れたような彼をみると、彼らの仲間であることが堪らなく誇らしいと思うのだ。



2015/03/29 20:03


▽ええまあ、慣れてますから。

及川と岩泉(と青城)


「及川おまえンな甘そうなもんで午後持つのかよ」
「どーかなぁ…岩ちゃんのちょっとくれる?」
「ん」
「わーい」


甘そうな菓子パンで昼ごはんを済ませようとする主将を気遣う幼馴染み、で終われば話はそれまでだというのに。いいガタイの男子高校生がご丁寧に卵焼きを箸でつまんで、口元に差し出してやる。慣れとは恐ろしいもので、呆れはしてもいまさらなんとも思わない。


「…ねえ金田一、いったいどこまでやれば気がすむんだろう」
「国見、机の下みえるか?」
「?なんかあんのか」
「あの人たちの脚」


その一言で状況を理解する。たいして狭くもないのに、なぜこうもくっつきたがるのか。考えても仕方ない、とうに諦められた現実を蒸し返してしまった自分に苦笑いを零した。


title by レイラの初恋


2014/12/29 20:20


▽消えない「愛してる」を頂戴

及川と岩泉

愛に致死量があるのだとしたら、俺はきっととっくのとうに及川のそれで死んでしまっているのだとおもう。それでいいのに、どうしたって愛されすぎて死ぬことはできやしない。

「すきだよ、岩ちゃん」

初めのうちこそ耳までまっかに染められていた、そんな睦言に慣れたのはいつからだったろう。すっかりそれをあたりまえとして受け入れてしまった俺の脳みそは、ぼんやりと麻痺してなにも思わなくなる。じわじわと蝕まれていくことがひどく恐ろしく、切なく、それでいて幸せだったのはいつまでだったろう。

「俺もだよ」

空っぽな愛の言葉を吐き出して、キスをして、セックスしても、いっこうに満たされることなんてないのかもしれないけど、それでも追い求めることをやめることは出来なくて。壊れてしまったのだなあと思えるあたり、もしかしたらまだ真人間なのかもしれない。いっそ人間をやめたい、なんて思ってもないくせに。

title by たとえば僕が

2014/12/29 20:08


▽そして世界は愛のなんたるかを知る

木兎と赤葦

冷え切った空気の中の、噎せ返りそうな熱を感じてぶるりと体を震わせた。いつになってもキスのひとつにも慣れなくて、じわじわと蝕まれていく耳が恥ずかしい。ポーカーフェィスが聞いて呆れる、こんな情けない姿なんて見せたくない。

けど、真剣な瞳が俺だけを見つめているのはそれに勝る贅沢で幸せだと思ってしまうから、どうしたってこの場で息を止めることが出来ないのだ。なんだってあんたはそんなに格好いいのかなぁ。木兎さんがニヤリと口角を上げているのを見て、叶わないと小さく息を吐き出した。

title by レイラの初恋

2014/12/29 20:07


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