どさり ぶわり、とすこし遠くで不自然に重い音がした。走り込みの最中で、季節に見合わない容赦のない暑湿に思考を焼ききられていたために反応が遅れたが、半周ほど後方に巡らせた視線が血の気を無くし地に伏す天馬の姿を認めた瞬間にぶわりと背筋に咲いた寒気は駆け寄ろうとする判断すら凍てつかせた。


 すべてがバラバラだった春先のころからたったひとりの女子部員の天真爛漫な熱意を契機に立ち直った雷門サッカー部にはぽつりぽつりと、僅かずつだが優秀な人材が集まりつつあった。誰も彼もフィフスセクターに立ち向かう、という堅い決意の元に門戸を叩いて来たものばかりなので結束も早く…いや、差異はあれど大半がその女子部員―松風天馬のプレイなり人柄なりに惹かれ入部した者たちであるためか、そういう意味では対立の多いチームだがそれすらも天馬の無邪気な笑みにほどよい中和状態にあった。
 そう、要だ。噛み合いの悪い個性的な部員たちの潤滑油で、或いはキャプテンである自分より精神的支柱として存在している。
 けれど、天馬は女だ。遠くないいつか、限界が来る。勝ち続けるために過酷を極める練習にはなんとかついてきてはいたが、そのあとに無理な自主練を重ねているらしく既に日常生活に支障が出ていることをそれとなく信助や空野から聞いていた。
 言わなければ ならないのだろう。天馬が己の努力に食いちぎられてしまう前に、手遅れになる前に。キャプテンである俺が。
 底無しの虚無の中で息を殺していた俺を引き上げて勝ちましょう と笑ってくれた彼女を現実の海へ突き落としてしまうであろう言葉を。
 けれど。はやく、はやくと思うたびにおれ、がんばりますから!と奮起する天馬にそれを飲み込み続けた。もしかしたら、まだ、ならば、と いいわけはいくらでもあり、躊躇いつづけ、見かねた監督の俺から告げようという提言にすら強く首を振って。
 本当のことを言ってしまえば、俺は自信がなかった。天馬がいない雷門サッカー部を、あの笑顔のないピッチで、今まで通りに振る舞えるのか、纏めきれるのか。

「神童!」
「…っ、は、はい!」

 監督が俺を呼び、それがぐるぐるとメビウスを辿る思考を溶かす。咄嗟に駆け寄れなかったことを浮き彫りにするように離れた位置で「俺が戻ってくるまで休憩だ」と叫び、頷く間もなく天馬を抱え走り出した。
 止まないざわめきを三国先輩が一喝し、水分補給を促され散り散りになる。ああそれはキャプテンの、俺の役目だったとはっきり我に返る喧騒の最中、隣にいる霧野が難しそうに眉を寄せた。

「…心配だな。最近、無茶してたみたいだし…頭を打ってないといいが」

 そうして何気 なく、当たり前の言葉を放つ。倒れた後輩を慮るそれにはなんの打算も存在しない、はずだ。

 けれどもそこで はた と 気づく。


 耳から侵入した音の連なりはぐらぐらと脳を揺らして目眩。霧野が俺を見てぎょっとする。あまりに脈絡のない涙が、俺の頬をするする走っているからだろう。

「神童、おまえ…」

 なんで泣いてんだ、を続けられる前にからからに乾いた口をひらく。

「霧野、おれ、は…天馬より、天馬がいなくなったあとの自分を…」

 恐ろしかったのはなんだ。天馬がいなくなることか、またもや潰れてしまうのかもしれない自分の姿か。いずれにしろめぐった思考に心配と呼べるものは見当たらず、虚しく残った保身は自責だけを生み涙へと昇華されていくだけだった。







(私を責めろと泣いた)





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